2024年5月16日木曜日

夜行バス

ポート・オーソリティ・バス・ターミナルは、マンハッタンの8番街40~42丁目にあります。NYシティ最大のバス・ターミナルであり、全米各地やカナダへの長距離バス、あるいはNJ方面からの通勤バスの発着場です。私がNYにいた1990年前後は、治安の悪さで知られ、駐在員は近づくな、と言われていました。一度だけ、台湾からの来客を出迎えるために行ったことがあります。その方の娘さnがNJに住んでおり、そこからマンハッタンに出てきたわけです。昼前のことでしたが、麻薬の売人とホームレスだらけのターミナルは、実に薄気味悪いところでした。おおよそバス・ターミナルは、どこでも治安が悪く、場末のイメージがつきまとっていたものです。恐らく長距離バスの低迷期であったことが関係しているのでしょう。

アメリカを代表する長距離バスと言えば、グレイハウンド・バスです。20世紀初頭、ミネソタ州で設立された同社は、今でも全米最大の長距離バス会社です。数々の映画や小説に登場し、アメリカの象徴の一つにもなっています。アメリカにいる間に、鉄道やバスにも乗ってみたいと思っていました。鉄道のアムトラックは仕事で使うこともありましたが、さすがにグレイハウンドに乗るチャンスはありませんでした。1950年代、高速道路網が整備されたアメリカでは、自家用車での移動が主となります。同じ頃、空路も拡大されたため、長距離バスも鉄道も利用者が減っていきました。比較的料金が安いバスは、田舎者と貧乏人の乗り物となり、バス・ターミナルの荒廃につながるわけです。

日本では、多少、事情が違います。戦前にも長距離バスはあったようですが、1950年代、鉄道網を補完する形で長距離バスが拡大し、1960年代には隆盛期を迎えたようです。この時期、高速道路も生まれ、一般道路の改善もあって、長距離バス路線は全国に広がりました。また、盆暮れ限定の帰省バスが大人気になったとも聞きます。しかし、70年代になると、新幹線はじめ、鉄道網が整備され、長距離バスは冬の時代へと突入します。多くの路線が廃止となり、運営会社の倒産も多く発生します。一方、長距離バスを苦境に追いやった鉄路も、60年代後半から、トラック、飛行機に押されて厳しい時代を迎えつつありました。非効率な経営形態、労使問題、多数の赤字路線等の問題を抱え、国鉄は解体へと向かっていきます。

今度は、その国鉄の苦境が長距離バスにプラスの効果をもたらします。80年代後半には路線も拡大され、90年代に入ると、座席やトイレ等が改善され、高速バスや夜行バスは人気を取り戻します。特に夜行バスでは、シートの快適さ、プライバシー確保が追求され、4列シートは3列型へ、さらには2列で完全個室を提供するものまであるようです。ただ、完全個室型は、料金も高くなることから、限定的な運行に留まるようです。眠っている間に到着するといった利便性もさることながら、やはり夜行バスは割安感こそが魅力なのでしょう。また、早朝に着くことの多い停留所の近くには、シャワー・ブースなどを提供する施設も増えているようです。ここまで進化すると、一度乗ってみたいと思っていました。

しかし、割安とは言え、間違いなく疲れるはずです。やはり、夜行バスは若い人向けと言えます。JRは、新幹線に代表されるとおり、早さを追求してきた面があります。また、豪華さをアピールした列車もあります。早さと豪華さは、利用者の支持も得ているわけですが、一方で夜行バスを利用する人たちのニーズを切り捨ててきた面もあります。例えば、東京・大阪間だけでも、深夜出発の格安寝台車を復活させてはどうかと思います。民営化され、利益を追求するJRが、儲けの少ない格安寝台車など運行するとは思えませんが、公共性の高い鉄道網は、赤字にならない範囲であれば、社会のニーズに応える必要もあるように思います。また、エントリー・モデルで新規顧客を取り込むことは、マーケティングの常道でもあります。(写真出典:travel.willer.co.jp)

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