ホール・イン・ワン達成で発生する損害としては、ゴルフ場にお礼として行う植樹等、同伴したキャディさんへの心付け、そして「厄落とし」として行う記念コンペ、同伴者との会食、記念品の配布などがあります。厄落としとは、幸運なことが起こった場合、反動として不幸なことが起こることを避けるために、わざと損害等を発生させることです。不思議な習慣だと思います。厄年や厄払いに似た習慣は、海外にもあるようですが、厄落としは聞いたことがありません。他によく聞く厄落としと言えば、麻雀があります。大役満をあがると厄落としすることが常識とされます。麻雀における最高の役とされる天和(テンホー)に至っては、厄落とししないと死ぬとまで言われます。
天和(テンホー)は、親が配牌の時点であがっている状態を指します。その発生確率は33万分の一とされます。毎日、半荘を5回打ったとして、61年に1回発生するかしないかという確率です。発生すれば、大変な幸運ということになります。ちなみに、子が第一ツモであがれば地和(チーホー)、自分より先に第一ツモをした他家が捨てた牌であがれば人和(レンホー)と呼ばれます。面識はありませんが、天和をあがった会社の先輩がいたようです。厄落としとして、その時の配牌を染め抜いた手ぬぐいを会社中に配ったと聞きます。ところが、その人は「俺はついている」と思い込み、ギャンブルにのめり込んだ結果、大きな借金をつくり、会社も辞めていったそうです。厄落としが十分じゃなかったのでしょうか。
日光東照宮の陽明門の逆柱は有名です。逆柱とは、木が生えていた方向とは逆向きに立てた柱です。縁起が悪く、かつ強度にも問題があるとされます。陽明門には一本だけ逆柱があります。ミスではなく、意図的なものです。東照宮があまりにも美しく、神の領域に近づきすぎたことで神の怒りをかうことを恐れ、わざと一ヶ所だけ瑕疵を残したと言われます。知恩院御影堂に残る左甚五郎の忘れ傘には、様々な謂われが残りますが、東照宮の逆柱と同じ理由で左甚五郎があえて残したという説もあります。厄落としも、似たような発想のように思えます。つまり神懸かり的な幸運に恵まれることは、神の領域を侵すに等しく、神の怒りをかう恐れがあります。それを避けるために、自ら災難を演出して、怒りを回避しようというわけです。
余談ですが、私もホール・イン・ワン保険に加入していました。ホール・イン・ワン達成後、すぐに保険会社から給付請求書を取り寄せました。用紙の一番最初には「事故発生日」という欄がありました。ゴルフが下手くそなお前のホール・イン・ワンなど、ただの事故に過ぎない、と言われているような気がしました。保険約款上、保険事故発生日はごく正確な用語であり、またゴルフが下手なことも否定できませんが、気分はよくありません。こっちは有頂天になっているわけですから、ここは「ホール・イン・ワン達成日」と表記し、括弧書きで小さく保険事故発生日と書いておけばいいじゃないですか。その後、ホール・イン・ワンには恵まれていないので、最近の給付請求書のことは知りませんが、当時は、まだ顧客目線などといった言葉もない時代だったわけです。(写真出典:my-golfdigest.jp)