監督:ピーター・グリーナウェイ 1991年イギリス・フランス・イタリア
☆☆☆+
巨匠とされるピーター・グリーナウェイの作品を観るのは本作が初めてとなります。本作は、一言で言うなら、ミュージカルと映像のコラボレーションといった風情です。シェークスピアの「テンペスト」が原作ですが、元ミラノ大公プロスペローの独白劇という大胆な翻案がされています。プロスペローのモノローグと幻想的な映像で構成されます。映画というよりも映像と呼ぶべき作品のように思えます。と言っても、映画の定義も曖昧なものではありますが、ごく普通にドラマが展開される映画とは大いに異なるという意味です。本作は、まず基本となるミュージカルの舞台が作られ、そこに豊穣ともいえる映像的イメージを幾重にも重ねて作られているように思います。ミュージカルの舞台では実現できないイメージを映像に乗せていくというアプローチは理解できますが、なぜ舞台を出発点としたのでしょうか。シンプルに映像的なイメージを積み重ねる方が、舞台的演出という制約から解き放たれ、より自由に創作できると思うわけです。そもそもテンペストが舞台劇だから、と言えばそれまでですが、多才で知られるグリーナウェイの視点が映画以外にあったからなのではないでしょうか。実際、1998年には、ベルリンでオペラ「コロンブス」を大規模な舞台で演出しています。また、近年は、インスタレーションも多く手がけているようです。つまり、ピーター・グリーナウェイという人は、映画という手法を使うこともある舞台のアーティストだと理解すべきではないかと思うわけです。
テンペストは、シェークスピアの作品のなかでは最も人気が高いと聞きます。シェークスピア単独では最後の作品であり、中世の物語のようなファンタジックな要素を持つことから、ロマンス劇とも呼ばれます。タイトル通りの怨念と復讐というおどろおどろしい世界から、和解に至り、呪縛からの解放が行われます。ハッピーエンドである点もロマンス劇の特徴とされます。シェークスピアと言えば、四大悲劇とされるハムレット・マクベス・オセロ・リア王が有名ですが、初期の喜劇は祝祭的でもあり、それが晩年の作品にも顔を出しているのでしょう。グリーナウェイのテンペストは、祝祭そのもののような演出になっています。まるで夢の中にいるような印象も受けます。シェークスピアの原作に近い演出なのかも知れません。
本作も含む、グリーナウェイの多くの映画で音楽を担当しているのが現代音楽家マイケル・ナイマンです。ナイマンの音楽は、ミニマル・ミュージックと呼ばれます。音の変化を抑え、反復を多用する現代音楽で、1960年代のアメリカで生まれました。70年代のはじめ、テリー・ライリーの有名な「In C」を音楽に使った実験映画を観たことがあります。トランス状態を生み出すような音楽と映像は衝撃的でした。ナイマンは、グリーナウェイ作品に限らず、多くの映画音楽を手がけています。恐らく最も有名なのが、ジェーン・カンピオンの「ピアノ・レッスン」なのでしょう。映画のヒットとともに、テーマ曲もよく知られることになりました。ミニマル・ミュージック・スタイルですが、哀愁漂う曲になっていました。
本作でプロスペローを演じるのは、名優サー・ジョン・ギールグッドです。ほぼ一人芝居に近いわけですが、彼ほどの名優でなければ務められなかったのでしょう。本作がギリギリ映画として成立しているのは、サー・ジョン・ギールグッドゆえとも言えそうです。グリーナウェイの映画は、映画的ではない部分も含めて、一般受けするとは思いません。ただ、通常の映画とは大きく異なる独特な映像がカルト的人気を集めているのでしょう。それは、どこかアート作品を観るようでもあり、映像体験だと言ってもいいのかも知れません。最もピーター・グリーナウェイらしさが発揮されるのはインスタレーションなのだろうと思います。(写真出典:amazon.co.jp)