2024年3月9日土曜日

「海街奇譚」

監督:チャン・チー   原題:海洋生物   2019年中国

☆☆

(ネタバレ注意)

ここ数年で一番退屈な映画でした。しかも映画館が恐ろしく寒くて、余計に印象が悪くなりました。チャン・チー監督は本作が長編初監督とのこと。それもあってか、意欲作であることは間違いありません。恐らく、これまでに貯めてきた思いやアイデアをぶつけたのでしょう。ただ、力が入りすぎて、空回りしてしまったという印象です。プロットは悪くないと思います。もう少し脚本を整理して、思い入れたっぷりのカットも削ぎ落し、熟達の編集者を用いていれば、そこそこのデビュー作になったのではないかと思います。監督は、名門中の名門である北京電影学院を卒業していますが、その卒業制作映画といった青臭さを感じる映画でした。

監督が多くの映画を見て研究し、影響も受けていることは明らかです。ただ、消化不良気味との印象も受けました。ビー・ガン監督から受けた影響が大きいようにも思えますが、いたって表面的なものに留まっています。映像の詩人ビー・ガンが織りなす夢と記憶の世界観には及びもつきません。また、ビー・ガンの長回しとは真逆な細かいカット割りは、何の意味もないどころか、映画を殺しているようにも見えます。極端に言えば、発想が、映像ではなく、スティールにあり、スライド・ショーといった印象すらあります。スティール的ながらも、いくつか印象に残る映像もありました。ただ、総じて言えば、俗っぽく、インパクトに欠けると思いました。

一方で、時系列や人間関係におけるミステリアスな構成は、とても面白いと思いました。時間へのこだわりと言えば、クリストファー・ノーランが思い起こされます。本作では、ノーランの「メメント」での逆時系列、「インターステラー」や「TENET」の物理学的な時間のモティーフとは一味違った扱いを見ることができます。モザイク的に散りばめられた断片が、入り組んだ時系列を暗示するという手法がとられています。そこに登場人物の相関も断片的に組み込まれていきます。なかなかに面白いアプローチだと思います。8月5日という日付、そして一人3役を演じる女優が、それらを繋ぐ糸の役割を果たしています。着想は秀逸なのですが、脚本も演出も、それを活かし切れていないところが、誠に残念です。

チャン・チー監督は、英国留学後、北京電影学院に学び、舞台演出やCM撮影に携わっていたようです。スティール的な映像は、CM制作で身についたものなのでしょう。主演のチュー・ホンギャンは、本職が電気技師という変わり種ですが、いい味を出しています。一人3役を演じたシュー・アン・リーの新鮮さは魅力的だと思いました。また、邦題「海街奇譚」は、なかなかの傑作タイトルだと思います。原題「海洋動物」は示唆に富んでいますが、いまひとつ食指が動かないところがあります。それにしても、今回は、この冬一番冷え込んだ日に、寒い映画館で、お寒い映画を見るという悲惨な体験になりました。映画館を出る時には、早くラーメンを食べることだけを考えていました。(写真出典:eiga.com)

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