監督:マシューヴォーン 2024年イギリス・アメリカ
☆☆+
(ネタバレ注意)
キングスマン・シリーズのファンとしては、楽しみにしていた作品です。ただ、結果は、残念なものでした。マシュー・ヴォーンのアクション・コメディは、やや古典的な英国式ユーモアにあふれ、かつ現代的なテンポの早さとスタイリッシュさを併せ持つ、今どきの映画界にあっては貴重な存在だと思います。マシュー・ヴォーンの魅力に変わりはないと思うのですが、本作に限っては、ありがちな間違いが起こってしまったという印象です。ラーメンのスープに例えるならば、全国から集めた最高の食材を火にかけたものの、火加減が強よすぎ、煮出す時間も長すぎたため、えぐみも出て、全体の味の印象もぼやけてしまったといった感じです。キングスマンの製作費は1億ドル程度ですが、今回は倍の2億ドル。マシュー・ヴォーンが、自分のお気に入りのアイデアを、好きなだけ詰め込み、好き放題に作った映画だと思います。監督が作りたい映画を作ることは大変結構なことですが、肝心要の観客が置き去りにされているという印象です。メインとなるプロットは、ミステリ作家の作品と現実が交錯するというものです。アクション・コメディのフレームとしては、斬新とまでは言えませんが悪くありません。作家とスパイが同一人物だったという着想は見事です。ある意味、本作の鍵となるアイデアですが、そこで記憶喪失とマインド・コントロールを種明かしに使っていることは、実に安易で誠に残念だったと思います。
また、”どんでん返し”も本作の見せ場だと思いますが、あまりにもクドすぎます。どんでん返しは、楽しい仕掛けですが、ここまでやられると、これはどんでん返しをパロった映画なのかと思ってしまいます。ところが、ストレートに意外性を狙っているような面もあり、パロディだとすれば、実に中途半端なものになっています。主人公役に、プラス・サイズのブライス・ダラス・ハワードを起用した点もどうかと思います。かまとと風おばさん作家とキリッとしたエリート・スパイとの二面性の落差をねらったのでしょう。顔に関してだけは、ねらいどおりだったように思います。ひょっとすると”エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス”でミシェル・ヨーが見せた二面性をねらったのかも知れません。
決定的な違いは、ミシェル・ヨーが、もともとキレのあるカンフーで知られたアクション・スターだという点です。プラス・サイズのおばさんによるアクションという面白さをねらったのでしょうが、それも徹底的に笑いを追求したというよりは、中途半端にカッコいいという結果になっています。要は、マシュー・ヴォーンの英国式ユーモアを活かしたスタイリッシュな作風が、ドタバタ系コメディに徹することを妨げているといった印象です。スタイリッシュさとドタバタの融合をねらったのかも知れませんが、見事に失敗したと言わざるを得ません。恐ろしいことに、本作のエンドロールには、次回作の告知が含まれていました。ミステリ小説と現実の交錯というフレームを継続するということなのでしょう。
本作は興行的にも失敗しています。それでも続編を撮るというのであれば、是非ともマシュー・ヴォーンらしい作品を目指してもらいたいものだと思います。私は、ピンク・パンサー以降のデヴィッド・ニーヴンのファンです。二枚目俳優ながら、英国紳士らしい上品さと英国式ユーモアを併せ持つ希有な俳優でした。対して、ピンク・パンサーでクルーゾー警部役を演じ大ブレークしたピーター・セラーズは、ドタバタを上品に演じられるコメディアンでした。いずれも英国的なコメディを体現したような味のある俳優でした。ファンとしては、マシュー・ヴォーンの映画は、ピーター・セラーズ系ではなく、デヴィッド・ニーヴン系であって欲しいと思います。(写真出典:eiga.com)