2024年3月3日日曜日

龍の髭

韓国の伝統菓子クルタレを初めて食べたのは、30年ほど前、ソウルのインサドン(仁寺洞)でのことした。クルタレは、蜂蜜と麦芽で作った飴を、細く伸ばして糸状にし、木の実などを包んで繭状にまとめたお菓子です。飴を伸ばしては折り畳み、最終的に16,384本の極細糸にします。これが、優しい味と食感を生みます。昔、韓国の人たちと、韓国の美味しい食べ物の話で盛り上がっていた時、クルタレも大好きだと言ったら、突然、座がしらけて、あれは中国のものだと言われました。中国で、クルタレは”龍の髭”と呼ばれています。もともとは新疆のお菓子だったようですが、明代あるいは清代に皇帝の好むところとなり、その後、中国全土に、そして中華圏へと広まったとされます。ただ、日本には届きませんでした。

韓国と中国との関係は、常にさざ波が立っており、しばしば白波も立ちます。基本的には、中国は日米韓の軍事的ネットワークが気にさわり、韓国にとって中国は輸出が最も多い国という構図が存在します。韓国は、先進国中、ドイツと並んでGDPに占める輸出の割合が高い国です。しかも輸出高の3割が、香港を含む中国向けとなっています。中国は、韓国経済の首根っこを抑えているとも言えます。2000年、韓国政府は国内の農家を保護するために、中国産冷凍ニンニクの関税を引き上げます。報復として中国が携帯電話の輸入禁止などを行うと、韓国政府は関税を即刻元に戻します。いわゆる“ニンニク紛争”ですが、その際、韓国には”恐中症”という言葉も生まれたようです。

2016年、朴槿恵政権は、北朝鮮のミサイル強化策に対抗し、アメリカのミサイル防衛システム”THAAD”の配備を決定します。中国はこれに猛反発し、韓国製品の不買運動、ロッテの閉めだし、団体旅行停止など圧力をかけます。翌年誕生した文在寅の左派政権は、中国に頭を下げ続け、屈辱的とも言える譲歩を行います。その結果生み出された蜜月状態は、2022年、尹錫悦の保守政権が誕生すると逆回転を始めます。尹大統領は、一貫して米国との同盟強化を重視し、中国とは距離を取っています。中国は、例によって、大国主義的な圧力をかけますが、尹大統領は動じていないように見えます。経済面を見ると、韓国から中国への輸出は、依然として高い水準にありますが、半導体や中国進出企業への産業内輸出が伸びる一方で、他の品目は減少しているようです。

これは、中国企業が急速に韓国企業をキャッチアップしていることの現れであり、世界市場でも中国が韓国を追い上げているのでしょう。かつて、韓国企業が日本企業を凌駕していった状況に酷似します。中国は半導体自給率を上げる政策も展開しています。ただ、今のところレガシー半導体が中心であり、最先端半導体はまだ韓国・台湾に依存しています。尹政権の強気の対中姿勢の背景には、THAAD以降、国民に広がった中国への嫌悪感、そして最先端半導体を握っている強みがあるのでしょう。中国にとってみれば、韓国・台湾との外交は、先端半導体がゆえに、当面、現状を維持するしかないのだと思います。とは言え、韓国の歴史カードに翻弄される日本とは異なり、髭を引っ張られた龍がいつまでも大人しくしているとも思えません。

日本は韓国の旧宗主国です。中国も120年前までは同じく宗主国でした。李氏朝鮮は、日清戦争後の下関条約で独立が認められています。ソウルの独立門はその際に建立されましたが、多くの韓国人が日本からの独立記念碑だと誤解しているようです。なぜなら、韓国では、李氏朝鮮が清の属国であった史実が無視されているからだと聞きます。歴史の修正は韓国の得意技ですが、隣国に翻弄されてきた国では、自尊心を保つために必要だったのかも知れません。韓国が隣国に付け入る隙を与えてきたのは、党派争いに明け暮れ、国際情勢を見誤り、一致団結して国難に対処できなかったからだと言われます。今、韓国はバランス外交策を採るしかない状況にあると思います。バランス外交のために必要なことは、世論対策としての歴史の修正ではなく、正しい歴史認識とその教育ではないかと思います。(写真出典:ja.wikipedia.org)

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