監督:アキ・カウリスマキ 1989年フィンランド・スウェーデン
☆☆☆+
フィンランドのアキ・カウリスマキ監督が、その名を世界に知られるきっかけになった映画です。シベリアの冴えないバンドが、NYからメキシコまでをボロ車で旅するロード・ムービーです。自然主義的な演出、独特の間合いとユーモア、そして何よりも底辺の人々の目線で社会を見るというアキ・カウリスマキの終始一貫したスタンスが詰まった映画です。バンド名からして、シベリアの寒村にあってレニングラード、さらにアメリカの象徴でもあるカウボーイと、既に皮肉たっぷりです。異様に庇の突き出たリーゼント、異様に先のとんがった靴は、ソヴィエトの若者たちのアメリカ文化、そして自由へのあこがれをデフォルメしています。アメリカの旅は、NYの場末から、南部の貧困地帯、メキシコの寒村へと続きます。バンドは、シベリアでは赤軍の歌”ポーリュシカ・ポーレ”、アメリカ南部では白人貧困層を前にロックやカントリー、黒人貧困層の前ではブルーズを、そしてメキシコの寒村ではマリアッチを演奏します。国によって音楽も変わるけど、音楽は音楽、人は人だと言っているかのようです。バンドの旅を率いるマネージャーは出演料を懐に入れ、分厚いビーフ・ステーキにビール三昧を続ける一方、バンド・メンバーにはろくに食事も与えません。ストレートにソヴィエトの共産党政権を批判しているのでしょう。ついにメンバーたちは、マネジャーを縛り上げ、金を巻き上げて分配し、食事を楽しみます。
そのパートには“革命”という小見出しが付けられていましたが、映画公開から2年後に起きたソヴィエト崩壊を予言しているかのようです。1985年にソヴィエト連邦の書記長に就任したゴルバチョフは、硬直化し、行き詰まったソヴィエト社会の体制改革に乗り出します。いわゆるペレストレイカです。ゴルバチョフは、社会主義体制内での改革を指向し、民主化や市場経済の導入を試みます。しかし、急激な市場経済化がもたらした社会的混乱が拡大し、1991年には守旧派によるクーデターが勃発。クーデターは失敗に終わりますが、ソヴィエトは崩壊します。同じ頃、中国では、鄧小平が改革開放を進め、やはり社会は混乱しますが、中国共産党は、これを力でねじ伏せます。結果、1989年、自由化を求める64天安門事件が発生します。
ペレストロイカは、ソヴィエト国内にある程度の自由をもたらし、東西冷戦を終わらせ、核軍縮条約を締結させ、ソヴィエトの衛星国家を独立させ、ドイツ統一を実現させ、そしてレニングラード・カウボーイズをアメリカに渡らせたわけです。レニングラード・カウボーイズとは、自由を求めつつも、市場経済にとまどうソヴィエト市民そのものなのでしょう。渡ったアメリカも、決して夢の国ではありませんでした。都市の憂鬱を抱えるNY、時代に取り残された南部の白人貧困層、奴隷時代と変わらない南部の黒人社会、アメリカ繁栄の日陰に暮らすメキシコ人。共産党による全体主義社会にあって、人々は檻のなかで暮らしていました。しかし、自由主義が進めた市場経済も、人々を豊かにしたわけではありませんでした。
フィンランドの監督が、この映画を制作したという点も興味深いところです。EU加盟国のフィンランドは、豊かで自由な国として知られます。今般、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、NATOにも加盟しました。フィンランドの歴史は、ロシアとの戦いの歴史でもあります。ロシア革命時、帝政ロシアの支配から独立を果たしますが、ソヴィエト連邦とは冬戦争、継続戦争を戦います。領土の一部は失ったものの、独立は保持します。常にソヴィエト、ロシアの動向に目を配り、軍事的備えも怠るわけにはいかない国です。フィンランドにとって、そしてアキ・カウリスマキにとって、ペレストロイカは歓迎すべき点もありつつも、手放しでは喜べない危険な要素もはらんでいたということなのでしょう。(写真出典:amazon.co.jp)