2024年1月29日月曜日

きりたんぽ鍋

好きな鍋物のランキングでは、キムチ鍋がトップになることが多いのだそうです。意外な感じもしますが、調査対象が若者に偏れば、理解できる面もあります。そもそも鍋物は裾野の広いメニューなので、好きな鍋物と限定したところで、ランキングに意味があるようには思えません。まったくのランキング外ですが、私の好きな鍋物に秋田名物のきりたんぽ鍋があります。スープ、そして全ての具材が存在感を示しつつ、一つの鍋として成立しているオールスター鍋だと思っています。スープは、比内地鶏の出汁に醤油と酒で味付けされます。具材は、きりたんぽ、セリ、舞茸、長ネギ、ささがきゴボウ、糸こんにゃくです。きりたんぽは、炊いた米を荒くつぶし、杉の棒にまいて炙った”たんぽ”を、食べやすく切ったものです。 

たんぽの語源とされる”たんぽ槍”とは、槍の稽古用に、棒の先端に綿を包んだ布を付けたものです。短穂とも書きます。稲の穂先に似ているということなのでしょう。また、米を荒くつぶすことを、半殺しにするとも言います。たんぽは、稽古用の槍で人は殺せないことに掛けた呼び名とも言われます。最近は、スーパーにも出来合のきりたんぽが売られていますが、秋田へ行くと、出来たてのきりたんぽが味わえます。半殺しの米を棒に巻かず、手で丸めて団子状にしたものが”だまこ”です。手間数の少ないだまこも秋田では定番の一つと聞きます。いずれも煮崩れしにくいものですが、さすがに長く鍋に入れていると崩れますので、多少スープを含んだあたりで食べます。

きりたんぽ鍋というくらいですから、きりたんぽが主役だろうと思われがちです。ところが、セリ、ゴボウも主役であり、舞茸、糸こんにゃくも主役級の活躍を見せます。仙台のセリ鍋も同じですが、セリは根っこまで使います。とても良い風味が出ます。ただ、少し苦味が気になり、私は食べません。ささがきゴボウも、良い香りと味をしっかり楽しめます。福岡県では、ごぼ天をうどんに乗せて食べます。このごぼ天も、ゴボウの味を上手に活かしています。ただ、きりたんぽ鍋ほど、香りも含めたゴボウの風味を丸ごと味わえる料理はないと思います。なお、スーパーのささがき済みのゴボウは風味が飛んでいていけません。具材の風味をそのまま活かしきれているのは、比内地鶏のスープのコクあってのことです。

秋田の地鶏である比内鶏が、天然記念物に指定されたのは、1942年のことでした。野鶏に近い種で、品種改良もされていないこと、絶滅の危機に瀕していたことから指定されたようです。そもそも品薄で、かつ天然記念物に指定されたことで、しばらくの間、秋田の人々は比内鶏を食すことができなかったようです。1973年に至り、比内鶏とロードアイランドレッド種を掛け合わせることで比内地鶏が完成します。飼育方法まで厳密に規定されたブランド認証制度のもと、名古屋コーチン、さつま地鶏と並ぶ日本三大地鶏としての地位を獲得しています。旨味の濃い肉質と脂は天下一品です。比内地鶏を使ったきりたんぽ鍋のスープは、オールスター・キャストの具材を活かす、映画監督のような存在です。

きりたんぽ鍋は、米も具材にしているので、本来、締めは不要です。ただ、スープの美味しさを味わうために、秋田名物の稲庭うどんで締めることが多いようです。これが美味いわけです。ただ、煮崩れしにくい稲庭うどんに限らす、蕎麦も中華麺も合うと思います。半殺しのきりたんぽではなく、完全に殺した餅も、当然のごとく合います。私は締めは食べずに、スープを残し、翌日、うどんか中華麺で食べるのが好みです。比内地鶏スープの底力をしみじみと感じます。ただ、かなり濃い醤油味なので、塩分は要注意です、秋田に旅行した先輩が、秋田では何を食べても濃口醤油の味がする、と言っていました。確かにそうかもしれません。秋田県は、脳卒中の死亡率が常に全国上位になっています。(写真出典:maff.go.jp)

マクア渓谷