2024年1月15日月曜日

「眠りの地」

監督:マギー・ベッツ   原題:The Burial    2023年アメリカ 配給:Amazon Prime

☆☆☆+

(ネタバレ注意)

1995年、実際に行われた裁判をもとに脚色された法廷映画です。原作になったのは、1999年、ニューヨーカー誌に掲載された記事だといいます。登場する人名も地名も実名が使われています。実名を使うことも含めて、権利関係の調整には相当の期間が必要だったと思われます。そのリアルさが、ハリウッドが得意とする法廷ものやサクセスものの伝統に則りながらも、多少異なるテイストと面白さを醸し出しているように思います。そして、何よりも、ジェイミー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズという二人のアカデミー俳優の名演が、この映画を映画らしい映画にしています。ことにジェイミー・フォックスには驚かされました。代表作の「レイ」(2004)や「ジャンゴ」(2012)とは別人かと思うほどでした。

ミシシッピ州ビロクシで、代々葬儀社を営むジェレマイア・オキーフは、併営する埋葬保険会社の資産運用で失敗し、財政難に陥ります。事業の一部を、カナダに本拠地を置く巨大葬儀社グループに売却する判断をします。大企業ローウェル・グループは、口約束で一部事業の買取に合意しますが、なかなか実行しません。オキーフの財政がさらに悪化し、事業の全てを買う機会をうかがっていたのです。オキーフは、ローウェルを訴えます。オキーフ側の地元弁護士は、法的には不利であることから和解を模索します。オキーフは、息子の友人で黒人の新米弁護士から、フロリダのやり手黒人弁護士ウィリー・ゲイリーの存在を知らされ、弁護団に加えます。土地柄、陪審員は黒人が多くなることを見越してのことでした。

ローウェル・グループも負けじと、黒人女性の超エリート弁護士を雇います。巨大企業vs田舎の零細企業、白人vs黒人、加えてエリート女性弁護士vs成り上がり弁護士という構図が生まれます。一つだけでも濃い映画が作れそうなハリウッド好みの構図が3つも重なるわけです。うまくさばかないとゴチャついた映画になることは必至です。ところが、オキーフとウィリーの間に芽生えた信頼と友情を、しっかり縦糸に置くことで、映画が成立しています。南部の保守的な町の名士である白人老人とクセの強い成り上がり黒人弁護士の友情も、それだけで映画が作れるほどの題材です。その二人の役に、アカデミー俳優二人をキャストできた段階で、ある程度、映画は成功していたのだろうとも思います。

実話であることに加え、重層的な構図を持っていることが、この映画をありきたりなハリウッドの法廷もの、サクセスものと一線を画すことになったと思います。強者vs弱者といった直線的な構図であれば、それを強調し、展開を盛り上げる伝統的な映画手法には事欠きません。本作も、そこは抜かりなく取り入れているのですが、構図が重層的であるがために、あっさり目の演出にせざるを得なかったのでしょう。そのことが、この映画を抑制の効いた味のある映画にしているように思います。監督のマギー・ベッツにとって、本作は長編2作目になります。ジョージ・W・ブッシュと家族的親交のある家庭に生まれ、ユニセフ等との関わりの中で社会意識を培ってきた人だそうです。1作目「ノビティエイト」は、サンダンス映画祭で高い評価を得ています。

埋葬保険(Burial insurance)は、日本では馴染みのない保険です。アメリカでは、葬儀費用の高騰を背景に、1990年代から始まり、コロナ禍で拡大したようです。実態的には、少額の生命保険ということになります。州によっては生保会社の設立が容易なアメリカでは、小規模な埋葬保険会社が多数存在するようです。パソコン一つで立ち上げられるような小さな保険会社は、資産運用も含め機能のほとんどを専門業者にアウトソースします。オキーフの埋葬保険会社も、そんな会社の一つだったのでしょう。たちの悪い運用会社に委託してしまい、資産を失ったわけです。日本人には分かりにくい背景ですが、ストーリーの展開にはほとんど影響ありません。(写真出典:imdb.com)

マクア渓谷