2023年10月17日火曜日

赤瓦

沖縄赤瓦
北京の故宮博物院の広大さと数々の工芸品には圧倒されますが、最も感動したのは、景山からの眺めでした。故宮のすぐ北にある景山は、故宮建設時に出た瓦礫で作られた人工の山です。景山から故宮を見下ろすと、そこには瑠璃瓦の海が広がっています。ちょうど夕刻だったこともあり、黄色い海は得も言われぬ高貴な輝きを放っていました。中国では、黄色は高貴な色とされ、黄色い釉薬をかけて焼いた贅沢な瑠璃瓦は、紫禁城と離宮にのみ使われました。景山は、瑠璃瓦の海を賞美するために造られたのではないか、とさえ思いました。部屋数9,000を超すという故宮は、それだけで一つの街と言えますが、瓦の色は街の景色を左右する重要な要素だと思います。

中世の風情を残す欧州の街では、赤い瓦が特徴的です。とりわけドゥオモの上から見るフィレンツェの町並みは、赤い瓦の連なりが印象的です。スペインの古い街も、ドイツのロマンチック街道沿いの街々も、欧州の街は赤い瓦で覆われています。欧州では、瓦を焼くために使う粘土が赤土なのだろうと思っていました。ところが、実際のところ、赤い色は焼き方に由来していました。瓦は、釉薬をかけるか否か、そして、焼く時に窯に酸素を送るか否かで違いが生じます。酸素を送れば酸化焼成、送らなければ還元焼成となります。これは陶器を焼く際でも同じです。酸化焼成すると、粘土の中の鉄分が酸化鉄になり、赤い色になります。酸化焼成は、工程が単純で、燃料も少なくても済むというメリットがあります。

ただ、酸化焼成の瓦は吸水性が高くなります。雨や雪の多い多湿な地域には不向きです。乾燥している欧州には、酸化焼成の赤瓦が適していたわけです。沖縄の伝統家屋も、白い漆喰で止めた赤瓦が特徴です。赤瓦は、雨を吸い込みますが、日が差すと、その水分が蒸発し、気化熱によって家全体がクールダウンされます。沖縄赤瓦は呼吸するとも表現されるようです。沖縄の気候に適した瓦だったわけです。島根県の石見地方の石州瓦も赤い瓦です。三州瓦、淡路瓦と並び日本三大瓦の一つとされます。1300度という高温で焼かれ硬く締まった瓦は、湿度、凍結、塩害に強く、日本海側、中国地方の山間部等で多く使われています。石州瓦が赤いのは、釉薬として使う出雲の来待石が焼成の過程で酸化するためだそうです。

記紀によれば、瓦は、6世紀に、仏教とともに半島から伝来したようです。当初は、寺社、宮廷等、公の建物にのみ使われて、順次、貴族や武家の屋敷に広がったようです。庶民の家にまで普及するのは、江戸期になってからです。8代将軍徳川吉宗が、防火を目的として庶民の家にも瓦を使うことを許します。日本の瓦の6割を占めているのが愛知県・三河地方の三州瓦です。三河は、良質な粘土を産することから、瀬戸・常滑はじめ窯業が盛んな土地柄です。瓦も古くから作られてきたようです。三州瓦は、耐火性、耐震性にも優れているとされます。江戸で瓦屋根が普及すると、港に近く船運が容易だった三州瓦が江戸へ運ばれます。現在も最大シェアを誇っているのは、江戸の市場を押さえたことに起因するのでしょう。

日本における瓦の出荷量は、この25年で、1/4まで落ち込んでいるようです。そう言えば、新築の建売住宅に瓦屋根を見ることはありません。最大の減少理由は初期コストの高さであり、次いで地震の際の被害が懸念されているようです。確かに、地震が起こると、民家の瓦が落ちている映像をよく見ます。ただ、これは古い家に限った話であり、新しい工法では問題ないようです。また、重量のある瓦屋根では、いわゆるトップ・ヘヴィー状態となり、地震による揺れが増幅することになります。これについても、最近の耐震基準をクリアした家の構造が強くなっていること、そして、瓦の改良が進んで軽量化されたことによって、大きな問題にはならないようです。風土にあった屋根という観点はもとより、木と紙でできた日本の家では耐火性という観点からも、もっと瓦屋根が増えてもいいように思います。(写真出典:simabukurokawara.com)

マクア渓谷