2023年9月25日月曜日

「アステロイド・シティ」

監督:ウェス・アンダーソン        2023年アメリカ 

☆☆☆☆

もうここまで来れば、ひたすらウェス・アンダーソン・ワールドを楽しむだけだと思います。とにかく見ていて気持ちがいい。それに尽きます。本作は、1950年代アメリカのスター・ゲイザーの少年少女が主なモティーフになっています。それだけで十分以上にウェス・アンダーソン・ワールドが炸裂しています。今回、監督が、最もやりたかったことは劇中劇なのかも知れません。違和感もなくスムーズに劇中劇が展開されるあたりは、ウェス・アンダーソンの力量を感じさせますが、一方でその必要性についてはやや疑問な面もありました。TV番組を使った劇中劇のフレームは、50年代アメリカ文化をシニカルに映し出すために欠かせなかったのかも知れません。

今年の春、AWA展を見に行きました。AWAとは”Accidentally Wes Anderson”であり、偶然、ウェス・アンダーソン的風景を見つけた世界中の人々が写真を投稿するサイトです。実際にウェス・アンダーソンの映画に登場していたかのような写真が並びます。そのなかの傑作を集めて美術展にしたのがAWA展です。韓国で開催されて評判となり、東京でも開催されました。レトロでキッチュでパステル・カラーにあふれた写真の数々は、とても楽しいものでした。特に1950年代テイストが感じられる作品が、無条件に心地良いと感じました。恐らく、自分が子供だった頃、つまり最も幸せだった頃にあこがれたモダニズムを思い出させてくれるからなのだろうと思います。

ウェス・アンダーソン映画の特徴の一つは、様式化されたパステル・カラーの映像ですが、今年、大ヒットしたグレタ・ガーウィグの「バービー」も、映像としてはAWA的なところがありました。演出も、似ているように見えますが、大きな違いがあります。バービーは、監督の主張するところを観客に押し込んでいくスタイルであり、ウェス・アンダーソン映画の自然主義的なアプローチとは全く異なります。独特なテンポや間合いが生み出すウェス・アンダーソン映画のコミカルで軽い風合は、リネンのようでもあります。縦糸には、人間に対する愛があり、そこに織り込まれる横糸に何を感じるかは、観客に委ねられています。映画のスムーズな展開は、アレクサンドル・デスプラの音楽によるところも大きいと言えます。

フランスが誇る希代の才人デスプラは、アカデミー賞を2回受賞していますが、最初の受賞は、ウェス・アンダーソンの「グランド ブダペスト ホテル」(2014)でした。デスプラに限らず、ウェス・アンダーソンは、常連のスタッフやキャストとともに映画を作っています。俳優では、今回もジェイソン・シュワルツマンやエドワード・ノートン等が出ています。ただ、いつもより常連が少ないように思います。代ってトム・ハンクス、スカーレット・ヨハンセン、ティルダ・スウィントン、ウィレム・デフォー、さらにはマーゴット・ロビーまで登場します。豪華な俳優陣が揃い、かつ皆がウェス・アンダーソン的演技に徹しています。これも、ウェス・アンダーソンの評価と実績の高さの証明なのでしょう。

ウェス・アンダーソン映画に惹かれる理由は、パステル・カラーやテンポだけではありません。一つは、そこはかとなく漂う連帯感です。これが押しつけがましさのない不思議な幸福感を与えてくれます。そして、今一つは、うまく表現できないのですが、映画に流れているシュールな空気感が与えてくれる自由な感覚と微妙な寂寥感です。夜見る夢とほぼ同じ印象があり、ポール・デルヴォーの絵画にも同じものを感じます。現実と無意識との間にある何かのように思えます。それはウェス・アンダーソンの感性が自然に生むものであり、意図なものとは思えません。ひょっとすると、それは、映画という表現の本質に関わっているのかも知れません。(写真出典:asteroidocity-movie.com)

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