監督: ウルリケ・オッティンガー 原題:Bildnis einer Trinkerin 1979年西ドイツ
☆☆☆+
ウルリケ・オッティンガーは、ベルリンの映画監督であり、画家、写真家でもあります。コンスタントに映画を発表してきましたが、日本で公開されることは、ほとんどなかったようです。アート系の作風ですが、コミカルなタッチが特徴的であり、アート系と言えばシリアスな作品を好む日本の観客にはマッチしなかったのでしょう。彼女の盟友でもあり、本作でも主演を務めるタベア・ブルーメンシャインも芸術家です。画家、女優、ファッション・デザイナー、映画監督、ミュージシャンとマルチに活躍した人だたようです。どこか退廃的な匂いをまとった前衛芸術の都ベルリンを象徴するような二人だったのでしょう。ちなみに、本作は、監督のベルリン三部作の一つとされているようです。映画は、ストーリーらしいストーリーを持たず、ベルリンの様々な場所で、コニャックを飲み続ける主人公の寸描を中心に構成されます。アル中女が描いたベルリンのスケッチと言ってもいいのでしょう。コミカルな演出もありますが、映像は、エッジの効いたアートを感じさせます。その大きな要因は、主演のタベア・ブルーメンシャインが、自らデザインしたというハイ・ファッションです。ヘルムート・ニュートンのヴォーグの写真を思わせる映像が展開されています。ヘルムート・ニュートンのドラマチックなエロティシズムはありませんが、退廃的、二元論的なアプローチは似たところがあります。これも、またベルリンらしさを感じさせます。
20世紀初頭のワイマール共和国の時代、帝政から解放されたベルリンには、表現主義、構造主義、新即物主義、ダダ、シュールリアリズム、バウハウス等々、前衛的な芸術が花開きます。前衛芸術の都ベルリンの源流は、ここにあります。そのムーブメントのなかで、まだ新しい技術だった写真や映画も、芸術として注目を集めることになります。世界初のファッション写真家として知られるイーヴァ、そして彼女のアシスタントだったヘルムート・ニュートンが生み出した新しい芸術の形が、ウルリケ・オッティンガー監督の作品にも反映されていると思います。本作は、彼女の愛するベルリンのスケッチですが、ベルリンでしか生まれ得ない映画とも言えます。
ウルリケ・オッティンガー監督の映画も、幅広い意味では、ニュー・ジャーマン・シネマなのかも知れません。1960年代に、停滞する古い体質のドイツ映画を否定することから生まれたニュー・ジャーマン・シネマは、70年代に入り、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーやヴェルナー・ヘルツォークの活躍で全盛期を迎えます。オッティンガーの作品は、彼らの映画が持つシリアスでどっしりとした印象とは大きく異なります。彼らの映画がオペラ的だとすれば、オッティンガーの作品はオペレッタ的と言えるかも知れません。ニュー・ジャーマン・シネマのなかでは、ヴィム・ヴェンダースが近いようにも思えます。オッティンガーは、ドイツ耽美派と呼ばれることもあるようです。
この映画には、多くの芸術家や映画人が出演しているようですが、誰が誰やら分かりません。一人だけ分かったのはパンク歌手のニーナ・ハーゲンです。東ドイツ生まれのニーナは、1974年に「カラーフィルムを忘れたのね」と言う曲をヒットさせます。陰鬱たる東ドイツの政治・社会を暗に批判した曲として知られます。2021年、東ドイツ出身のアンゲラ・メルケル首相が退任式で、青春時代のハイライトだったとして、この曲を演奏させています。本作も、ベルリンに壁があった時代の西側で撮影されています。酒と自由を謳歌しているように見える西側ですが、街は、どこか神経質で、不安定で、中途半端な印象を与えます。ベルリンの壁の高さは4.2mでした。しかし、壁が作る影は、それ以上に大きく伸びて、街の両側を覆っていたということなのでしょう。(写真出典:eiga.com)