その広報誌に、ヘッド・アップ・ディスプレイ(HUD)が紹介されていたのは、1988年のことだったと記憶します。戦闘機メーカーらしい先進性に驚きました。HUDは、フロント・ガラスに直接、あるいはその前に装着された光学ガラス等に、スピードや種々のデータを映し出す技術です。第二次大戦中、英国のデ・ハビランド社が、モスキート夜間戦闘機の風防にレーダー映像を映し出したのが始まりとされます。ちなみに、モスキートは木製のボディを持ち、世界最初のスティルス機とも言われます。その後の技術的進化もあり、HUDは、ジェット戦闘機の標準的装備となります。さらに、ヘルメットに組み込まれたヘッド・マウント・ディスプレイも開発されています。
米国でのHUDの車への搭載は、1988年にオールズモービルが実用化し、その後、カトラス・シュープリーム・サルーンに装備されます。オールズモービルは壊れにくい車として人気が高く、我が家のセカンド・カーも、中古で買った大きなカトラス・シュープリーム・セダンでした。決しておしゃれでもなく、先進性を誇るわけでもない車が、初めてHUDを搭載したという点が面白いと思います。一方、日本では、同じ1988年、おしゃれなデート・カーとして人気のあった日産シルビアに採用されています。しかし、HUDは、一般化しませんでした。コストの問題もあったのでしょうが、当初、表示されるのはスピードくらいであり、ユーザー側から必要性そのものが疑問視されたわけです。
しかし、近年、HUDを搭載する車が増えているようです。まだ、10%に満たないものの、標準装備化が進むと言われています。その背景には、車とネットのリンク、いわゆるコネクテッド化の進展による情報量の増加と精緻化があるものと思われます。エンジンの電子制御やABSシステムは1970年代に登場し、90年代後半にはGPS型のカー・ナビゲーションが生まれ、2000年代に入るとネットとのリンクが本格化します。さらに2010年代後半には、運転支援システムが導入され、自動運転化が急速に展開しつつあります。増加した情報量は、従来のメーター類では対応できず、ナビも兼ねたディスプレイに表示されます。運転中のドライバーの視線は、かつてより頻繁に上下するようになり、HUDの有用性が再認識されたのだと思います。
一方で、HUDの危険性を指摘する声もあります。前方視野における遠近の焦点が頻繁に変わることが危険だというわけです。いささか驚きです。ジェット戦闘機のHUDは、無限遠の点に結像するよう設定されています。車の場合でも、焦点は数メートル先にあり、遠方視野とほぼ違和感なく同化しています。つまり、遠近の焦点移動は発生しないよう設定されているわけです。もちろん、慣れの問題はあり、当初は煩わしいと思うドライバーもいるとは思います。新しいHUDでは、簡略化されたナビの投影もされるようです。車の進化には感心させられますが、そうなると、もう一気に自動運転化すればいいのではないかとも思います。ただ、最新のHUDや運転支援システム欲しさに、車を買換えるかと言えば、そこまでではないとも思います。人間の情報処理能力は、まだまだコンピューターに勝っていると確信しているからです。(写真出典:autocar.jp)