2023年7月30日日曜日

「マッド・ハイジ」

監督:ヨハネス・ハートマン/サンドロ・クロプフシュタイン  2022年スイス

☆☆+

低予算で撮られたB級映画のファンは少なからずおり、かつ熱烈なファンが多いように思います。そのファンの代表格がクエンティン・タランティーノであり、B級映画へのオマージュの最高作を撮ったのもタランティーノだと思います。コアなファンが、途切れることなく存在するということは、B級映画が、ある意味、映画の本質を体現しているからだと思われます。B級映画の世界は実に幅広く、かつ熱心なファンたちによって、かなり細かく分類されています。”マッド・ハイジ””は、エクスプロイテーション映画であり、スプラッター映画であり、ハイマットのパロディ映画であり、と様々なラベルがつくようです。一言で言うなら、低俗パロディ映画です。とは言え、決して馬鹿にはできません。

本作は、クラウド・ファンディングで世界中から資金を集め、制作されました。いかにコアなB級映画ファンが多いかという証左です。近年、クラウド・ファンディング映画も増えていますが、多くは社会派、文芸系です。B級映画としては、ナチスとSFを合体させた「アイアン・スカイ」(2012)が思い出されますが、集めた金額は約1億円でした。対して”マッド・ハイジ”は3億円を集めています。よく知られた児童文学とスプラッターという組み合わせ、スイスいじりというパロディ等がウケたということなのでしょう。B級映画は、常識を越えるゴア表現も大事ですが、いかに人目を引くプロットを発想できるかも勝負になります。例えば、月の裏側で反攻を準備しているナチスとか。

チーズ工場の社長が独裁者としてナチス的にスイスを支配します。その工場以外のチーズの生産・流通は禁止されますが、ハイジの恋人で山羊飼いのペーターは、ゴート・チーズを作っていることがバレ、殺害されます。ハイジは復讐を誓います。ハイジのおじいさんも、家を焼かれ、殺されかけます。反政府運動の闘士だったおじいさんは、昔の仲間に声をかけ、再び立ち上がります。ハイジは、スイスを象徴する女神に武術を鍛えられ、刑務所で知り合ったクララ・ゼーゼマンとともに、独裁者を倒します。18禁指定だけにゴア表現満載ですが、スイスの自虐ネタ、お決まりのB級映画へのオマージュも満載です。ただ、盛り込みすぎて、ややテンポを落としている面もあります。

実は、映画の主題歌として日本のアニメ「アルプスの少女ハイジ」の曲を使おうとしていたようです。結果的には使用許可が得られなかったとのことです。どうやら欧州では、この日本のアニメがよく知られているようです。日本での放送は、1974年ですが、何度も再放送され、海外にも輸出され、特に欧州では、定番アニメの一つになったと聞きます。原作は、19世紀後半に出版されたヨハンナ・シュピリの児童文学ですが、スイスですら原作よりもアニメの方が有名なのだそうです。その制作には、総監督として高畑勲、キャラクター・デザインには宮崎駿も名を連ねています。アニメ版へのリスペクトなのかも知れませんが、クララ役には日系の女優が起用されています。

欧州で、スイス人は嫌われていると言えば言い過ぎなのでしょうが、ウザいと思われがちだと聞きます。永世中立国としての立場、金融大国としての姿勢等が、身勝手と言った印象を与えるのでしょう。また、気質として四角四面といった印象も持たれているようです。そのスイスで、国を代表する児童文学を題材に、こんな馬鹿げた映画が作られたことが一番の驚きかも知れません。実際、制作にあたっては、企業や団体から協力を断られ、制作に参加したスタッフも職場を解雇されたりと、なかなかの圧力があったようです。我々も、日本文化を茶化した映像を見れば気分が悪くなりますから、理解できる面もあります。ま、低俗B級映画ですから、全てのスィッチをオフにして、ただ笑い、ただ驚いていればいいのだと思います。それがB級映画の本質でもあります。(写真出典:news.yahoo.co.jp)

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