2023年7月3日月曜日

マイ・ファニー・ヴァレンタイン

若い頃の恋の高揚感を歌った曲は山ほどあります。そういう曲は、個人の甘酸っぱい思い出と重なり、忘れがたい一曲になるものです。「Somethin' Stupid(恋のひとこと)」も、そういった曲の一つだと思います。1967年、フランク・シナトラとナンシー・シナトラの親子デュエットで世界的なヒットとなりました。カーソン・パークスが作詞作曲し、妻とデュエットした曲のカヴァーです。人気者の彼女とデートできたら洒落たことを言おうと練習したのに、実際には、雰囲気を壊すようなバカなことを言ってしまう、例えば「I Love You」とか・・・。なんとも微笑ましい若い恋の歌です。今でも聞けば、ほのぼのとした幸せな気持ちになれる名曲です。この曲の色あせない魅力は、シナトラの声の心地良さにあると思います。 

フランク・シナトラと言えば、「ニューヨーク・ニューヨーク」、「夜のストレンジャー」、「マイ・ウェイ」などのヒット曲で知られる20世紀アメリカを代表するポップ・シンガーです。同時に、アカデミー賞を獲得した俳優でもあります。大統領やマフィアとも深く関係し、多くの女性と浮名を流し、若い女性のアイドルでもあり、実業家でもありました。たびたび訪れた低迷期から幾度も復活した奇跡のスターでもあります。太く、滑らかで、哀愁を含んだその声からして、”ザ・ヴォイス”とまで呼ばれました。声質だけでなく、あるいはそれ以上に歌唱力の見事さがシナトラの魅力です。低音でささやきかけるように歌うクルーナーと呼ばれる歌唱法は、歌に命を吹き込み、一つのドラマを作り上げます。

その歌唱力ゆえに、シナトラは、ジャズ・ヴォーカルの世界でも不世出のシンガーであり続けています。シナトラが歌えばスタンダード・ナンバーになるとも言われ、「枯葉」、「ニューヨークの秋」、「ナイト・アンド・デイ」、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」、「パリの四月」等々、例をあげればキリがないほどです。なかでも「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、その典型だと思います。もとは、1937年、リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートがミュージカルのために書き下ろした曲です。その後、二人は、ジョン・オハラの短編小説「Pal Joey」をミュージカル化し、マイ・ファニー・ヴァレンタインを挿入歌とします。そして、「Pal Joey(邦題「夜の豹」)」は、1957年、シナトラ主演で映画化されます。

映画では、キム・ノヴァクが歌っています。もっともトゥルーディ・スティーブンスの吹き替えではありますが。その後、シナトラがレコーディングして、マイ・ファニー・ヴァレンタインは世界的にヒットします。短調なので、恋を失った女性が自嘲的にバレンタイン・デーを歌っているのだと誤解していました。しかし、実際には、器量は良くないけど最愛の恋人ヴァレンタインを、ヴァレンタイン・デーにかけて愛しく歌う曲でした。ヴァレンタインは男性名でも女性名でもあるので、男女いずれが歌う曲としても成立します。恋の歌をマイナーで書き上げるあたり、ロジャースとハートの天才を感じます。マイルス・デイビスやチェット・ベイカーの名演も有名ですが、両者とも訳ありのドラマを感じさせるブルーな演奏になっており、一層味わい深いものがあります。

ところで、ミュージカル映画「Pal Joey」は、ショー・ビジネスの世界を舞台に、シナトラ演じるいい加減だけど歌は抜群にうまいジョーイを巡る三角関係の話です。まさにシナトラそのものという設定です。NJ州ホーボーケンに育ったシナトラにとって、イタリアン・マフィアは環境そのものだったと言えます。最初の妻もマフィアの家族でした。フランシス・フォード・コッポラの名作「ゴッドファーザー」では、シナトラをモデルとした若い歌手が登場しますが、ほぼ実話だと言われます。酒まみれの放蕩三昧、懲りない女性遍歴、幾度も繰り返す凋落と復活、そうした様々な人生経験が、シナトラの声と歌い方を作ったということなのでしょう。二度と生まれることのないタイプの本当のスターだと思います。(写真出典:journalofmusic.com)

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