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Marcos Valle |
マルコス・ヴァーリが、その名を世界に知らしめたのが「サマー・サンバ(原題:Samba de Verão 英題:So Nice)」(1964)のヒットです。1966年に、ジャズ・オルガンのワルター・ワンダレーがレコーディングして、世界的な大ヒットになりました。ボッサ・ノヴァを代表する曲の一つと言ってもいいのでしょう。マルコス・ヴァーリは。1943年、コパカバーナ界隈の裕福な家に生まれています。ボッサ・ノヴァが生まれたその時、その場所で、思春期を迎えていたわけです。まさにボッサの申し子です。その後、ブラジルと米国で、幅広いポップを演奏するものの、その音楽にはブラジルの伝統が息づいています。私は、勝手に、マルコス・ヴァーリの音楽はショーロのモダン・ヴァージョンではないか、と思っています。
ショーロは、19世紀のリオ・デ・ジャネイロで生まれた音楽です。西アフリカと西洋の音楽が融合して生まれ、即興演奏を楽しむ都会的なスタイルから、ブラジルのジャズとも呼ばれます。私は、サンバにハマって20年以上経ちますが、きっかけはショーロの名曲「カリオカの夜(Noites Cariocas)」を耳にしたことでした。カリオカの夜は、ショーロの立役者にしてバンドリンの天才ジャコー・ド・バンドリンの作曲で、1957年に録音されています。バンドリンという楽器は、フラット・バックのマンドリンであり、ショーロでは中心的な楽器です。また、カリオカとは、リオっ子を意味し、”白人の家”という先住民の言葉が語源とされます。ジャコー・ド・バンドリンも、リオで生まれ育ったカリオカです。
ブラジル音楽の特徴としては、重層的なリズム、7thはじめ多様で複雑なコード進行、アンティシペーションなどが挙げられます。ただ、それらを使って表現されているのは”サウダージ”につきるとも言えます。サウダージは、一般的に、郷愁、憧憬、思慕、切なさ等と訳されますが、とても正確な翻訳などできないとも言われます。確かに、十分に共感できるにも関わらず言葉にすることは難しい感情だと思います。例えば、切々と歌い上げるポルトガルのファドは、サウダージの音楽とされますが、ブラジルのサウダージは、多少、ニュアンスが異なり、人の連帯といった温かみも加わっているように思います。カリオカの夜も、典型的にサウダージを感じさせます。言葉ではうまく表現できないからこそ音楽で共感しあうのだ、とも言えそうです。
リオの下町には、サンバのライブを聴かせるサンバ・バーが多く存在すると聞きます。一度出かけて、長逗留し、サンバづけの日々を過ごしてみたいと思っていました。しかし、リオへのフライトはアメリカ経由で24時間以上かかり、かつ、治安も悪く、言葉も通じません。昔、単身で、サンパウロへ一ヶ月間出張したという人の話を聞きました。ポルトガル語は話せたのか、と聞くと、全然話せない、でも英語の語尾にAかOを付ければ雰囲気は出る、と言っていました。ガソリン・スタンドで「ガソリーナ、マンターノ!」と言ったら通じたと自慢していました。決して言葉が通じたわけではありません。スタンドへ車で行って野菜を買う人はいませんからね。”マンターノ”にいたっては英語ですらありません。いずれにしても、リオはあまりにも遠いので、CDや配信でサンバを楽しみ、たまには来日するミュージシャンのライブへでかけて、カリオカたちの夜に思いを馳せたいと思います。(写真出典:en.wikipedia.org)