2023年7月21日金曜日

奈良漬け

いただき物をして、久々に奈良漬けを食べました。とても美味しくて、あらためて奈良漬けの奥深さを感じました。味や食感の良さ、美しい鼈甲色、これに歴史を加えれば、奈良漬けは、まさに漬物界の国宝だと思います。奈良漬けの文献上の初出は、長屋王木簡だとされます。1988年に奈良市で発掘された奈良時代の木簡ですが、進物としての粕漬けの瓜と茄子、という記載があるようです。当時の酒はどぶろくなので、酒粕といっても、搾った粕ではなく、底に溜まった沈殿物だったようです。酒粕は、酒の歴史とともにあるとも言われます。清酒の登場は天平の頃と言われますが、どぶろくの歴史はあまりにも古すぎて判然としないようです。いずれにしても、奈良漬けは、とてつもなく長い歴史を持っているわけです。

奈良漬けは、空気に触れない限りは、何十年も何百年も保つと言います。実際、奈良の老舗には江戸期に漬けた奈良漬けが存在し、色は真っ黒ながら、味はとてもマイルドなものなのだそうです。売ってもくれるそうですが、べらぼうな値段になるのでしょう。なれずしの発祥地とされる中国南部の山村には、数百年ものの川魚のなれずしが存在するようです。やはり空気に触れさせないことが長期保存のポイントだと言います。琵琶湖の鮒ずしも、数十年ものがあると聞きます。奈良漬けは、塩漬けした野菜や果物を漬けますが、魚や肉は聞いたことがありません。恐らく魚や肉は水分を完全に抜くことが難しく、いかに空気を遮断したとしても、漬け換えの際に腐敗菌を防ぎきれないということだと思われます。

ちなみに、奈良漬けについている粕を拭き取り、魚や肉にまぶすと、簡単な粕漬けができます。奈良漬けは、基本的に粕漬けですが、他の粕漬けと異なるのは、複数回の漬け換えを行い、長期間漬け込むという点です。それによって深い味と色が出るわけです。奈良県は、大昔から酒造が盛んな土地柄です。酒粕は十分にあったわけです。奈良漬けという名称は、江戸初期、奈良に住む漢方医が白瓜の粕漬けを「奈良漬け」と称して売り始めたことから広まったようです。奈良漬けと言えば白瓜と思いがちですが、どうもここが原点となっているようです。実際のところ、奈良漬けは、様々な野菜、あるいは果実でも漬けることができます。商品としては、胡瓜、大根、生姜、さらには西瓜、柿等々もあるようです。

米から酒を造れば、粕や沈殿物が出るわけですから、アジア各地にも、古くから粕漬けの類いは存在するのだろうと思っていました。ネットで調べた限り、近代になってから登場した、あるいは日本の粕漬けを模して作られたものはあるようですが、大昔から存在していたものは確認できませんでした。もしあったとしても、実にマイナーな存在だということなのでしょう。いささか不思議な気がします。黄酒(ホアンチュウ)は、米から作る中国の酒です。紹興酒が有名ですが、長期熟成すれば老酒になります。黄酒の酒粕は、調味料の材料として使われることがあるようです。特に紹興酒の酒粕に塩やスパイスを加えて熟成したものは香糟(シャンザオ)と呼ばれ、各種料理や漬物にも使うことがあるようです。

国宝級の奈良漬けがあるにも関わらず、関西の人はよく「奈良にうまいものなし」と言います。大阪の朝のTV番組で、アナウンサーが堂々と言っているのを聞いて、たまげたことがあります。実際には、奈良漬け、柿の葉寿司、日本酒、吉野葛、三輪素麺、茶粥、柿、お城の口取り餅、きみごろも等々の名物があります。滋賀県も同様ですが、美味いものがないのではなく、外食の文化が乏しいのだと思います。奈良も滋賀も節約文化が根付いているのでしょう。事実、両県とも貯蓄性向の高い地域です。余談になりますが、宴席等で、奈良県の名物グルメを聞くと、奈良漬け、柿の葉寿司まではスンナリ出てきます。それから、とたたみかけると、多くの人は、決まって鹿せんべいと答えます。鹿せんべいは、人間の食べ物ではありません。(写真出典:km-plumselect.com)

マクア渓谷