2023年6月22日木曜日

アール・グレイ

私は、コーヒー好きですが、日に何杯くらい飲むのか、と聞かれることがあります。いつも答えに困ります。また、制ガン効果があるので、日に3~4杯のコーヒーを飲むべきだという話もあります。これも戸惑います。要は、一杯のコーヒーと言っても、カップのサイズも、飲み方や濃さも大いに異なるからです。対して、緑茶・紅茶を問わず、一杯のお茶という言い方は、イメージしやすく、普遍性を持っていると思います。コーヒー好きとは言え、私は、日に1杯の緑茶、2杯程度の紅茶を飲みます。紅茶は、ストレート・ティーやチャイを飲むこともありますが、基本的にはアール・グレイをミルク・ティーにして飲んでいます。消費量が多いので、スリランカ茶葉を使ったリプトン社の大袋をコストコで買っています。

紅茶は、摘み取った茶葉をしおれさせ(萎凋)、揉み込んで(揉捻)、完全発酵させて作ります。それにミカン科の柑橘類ベルガモットの香りを付ければ、フレイバー・ティーとしてのアール・グレイができます。フレイバー・ティーの歴史は、ジャスミン茶に始まるのでしょう。明代に、中国南部から北部に輸送する際に劣化する緑茶を、花の香りで誤魔化したことから生まれました。アール・グレイの誕生は、18世紀、英国のグレイ伯爵に由来するとされます。”Earl”は伯爵という意味です。伯爵は、入手困難なラプサン・スーチョン(正山小種)茶が気に入ります。そこで、出入りの茶商に、普通の紅茶に何かフレイバーを付けて再現することを命じます。結果、ベルガモットの香りが選ばれ、アール・グレイが生まれます。

ラプサン・スーチョンは、半発酵茶の岩茶で有名な福建の武夷山周辺に産します。ラプサンは、漢字で立山と書きます。立山や正山は、武夷山の俗称なのだそうです。使う茶葉は、岩茶と同じくスーチョンという等級の茶葉です。茶葉を、松葉で薫じて着香させ、完全発酵させるとラプサン・スーチョンができます。17世紀、戦争のあおりを受けた村で、乾燥できず発酵が進んだ茶葉を、松葉を焚いて強制乾燥したところ、ラプサン・スーチョンができたと言われます。紅茶の起源と言われることもあります。その味と香りは、やや上品な正露丸といったところです。正露丸のクレオソートと松葉の薫香の成分が似ているのだそうです。確かに、強い香りと渋味は漢方薬に近い印象です。事実、かつては薬としても用いられていたようです。

ラプサン・スーチョンは、今でもイギリスで人気の高い紅茶だと聞きます。希少価値が高いこともあり、高価で取引されているようです。アール・グレイ好きは、皆、ラプサン・スーチョンが好きかと言えば、そうでもないと思います。上品とは言え、やはり、漢方薬臭さは、なかなか高いハードルです。ただ、欧州の硬水で入れると、ラプサン・スーチョンの強い香りや渋味は和らぐのだそうです。一度、エビアンで試してみようかとも思います。また、アール・グレイの茶葉に少しだけラプサン・スーチョンを加えて入れると、キリッとした奥深さが加わり、なかなかの絶品になります。これならば、グレイ伯爵がラプサン・スーチョンにハマったわけが、十分に理解できます。

アール・グレイの起源については、17世紀のグレイ伯爵説の他にも、多くの説が存在します。つまり、発祥は明らかではないということです。そういう場合、業者の仕掛けも疑われます。ジャスミン茶と同様、質の悪い茶葉や劣化した茶葉にベルガモットの香りを付けて売ったのが始まりではないかと想像します。グレイ伯爵やラプサン・スーチョンの話は、箔付けのために、業者が考案したのではないかとも思います。ちなみに、グレイ伯爵が開発を命じたとされる茶商は、トワイニング社かジャクソン社かという論争があったようです。ところが、30年ほど前、トワイニング社とジャクソン社が合併したことで、その論争は立ち消えになっているようです。いずれにしても、紅茶にベルガモットの香りを付けることを思いついた人は天才だと思います。(写真出典:kaldi.co.jp)

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