2023年4月8日土曜日

マクド

飲料の自動販売機には、飲み終えた缶やペット・ボトルを捨てるためのゴミ箱が付設されていることがあります。分別回収のため、投入口を丸くして、他のゴミを入れられないように工夫してあります。過日、新大阪駅のプラットフォームで面白いものを見つけました。その丸い投入口の下に大きく「カン・ペット専用」と書かれていたのです。その必要はないと思うのですが、わざわざ書くあたりが関西っぽいなと思いました。それ以上に関西を感じさせたのが、「ペット」という簡略表現です。もちろん動物のペットでないことは明らかですが、他では見たことのない表記です。言葉の簡略化は、どこでもいつでも行われていることですが、関西のそれは、一種独特なものを感じます。

マクドナルドはマクド、ミスター・ドーナッツはミスド、ロイヤル・ホストはロイホ、ユニバーサル・スタジオはユニバ等々、関西風の簡略形は様々あります。他にもセルフ・サービスをセルフと略すパターンもあります。大阪は商人文化の街です。商人の世界では、独特な符牒がよく使われます。大阪人の簡略表現好きは、ここから来ているのかも知れません。しかし、それだけでは、大阪の独特な簡略形の説明にはならないと思います。例えば、ミスドはミスター、ロイホはロイヤルの方が簡便な簡略法だと思いますが、大阪の人は、簡略形を3音節にまとめるのがお好きなように思えます。かつ、決まってアクセントは2音節目が高くなります。他の地域では、3音節の場合、3音節目が低くなることが多いように思えます。

この3音節で2音節目アクセントの言葉は、実に関西っぽく聞こえます。大阪人の会話は、テンポの良いものですが、そのリズムを生み出している要素の一つのが、この3音節2音節目アクセント言葉なのではないかと思います。大阪人は、感覚的に、そのことをよく理解しており、簡略形も、自然と3音節にする傾向があるのではないでしょうか。日本は、古くから五七調のリズムに馴染んできました。短歌や俳句のみならず、芝居の台詞や歌詞などでも使われます。実は、7は3と4で構成される場合が多く、日本語のリズムの基本は、357だとも言えるのではないでしょうか。そのことを商売に活かした一人が、日本マクドナルドや日本トイザらスを創業した藤田田です。藤田は、大阪出身で、東大在学中から起業した希代の実業家でした。

日本マクドナルド開業にあたり、マクドナルドの米国本社は、アメリカでの発音に近い「マクダーナルズ」という商標を要求します。当然と言えば当然です。ところが、藤田は、日本語のリズム感にこだわり、3・3で構成できる「マクド/ナルド」を主張します。両者譲らず、交渉は決裂直前までいったそうです。藤田のこだわりは、見事に当たり、マクドナルドという名称は浸透し、ハンバーガーの代名詞ともなります。マクドという簡略形は、そもそも藤田田が言いはじめたと、大阪人が主張する場合があります。しかし、藤田が主張したのは3音節のリズム感であり、マクドと言ったわけではありません。いずれにしても、藤田を含め、大阪の人々は、357の日本語のリズムが肌身に染みこんでいると言えそうです。ちなみに、現在、マクドナルドの店舗の多くでは、カタカナ表記は使われていません。

NYへ赴任した当初、アメリカ人に、日本では”McDONALD'S”をマクドナルドと呼ぶんだと話すと、まるで高級レストランの名前だな、と言われました。すべての音に母音が入る日本語は、重い印象となり、高級店の重厚な名前のように聞こえるのでしょう。母音の多さは、ポップな曲調の歌では壁となる場合もあり、わざと英語っぽい発音で歌うことがあります。五七調は、母音で重くなる日本語にリズム感を持たせる工夫なのかもしれません。常々、京都の人たちは、多彩な言語表現を巧みに使いこなす才能があると思っているのですが、対して、大阪の人たちは、言葉にリズムを持たせることに優れていると言えそうです。上方落語や漫才の小気味よい語り口では、その才能がいかんなく発揮されています。(写真出典:1goten.jp)

マクア渓谷