2023年4月5日水曜日

精密爆撃

アメリカ人の友人から「Bombing Mafia」という本をもらいました。カナダのジャーナリストであるマルコム・グラッドウェルが、自らのポッドキャストで人気だった話題を、2021年に出版し、NYタイムスで第2位にまでなったベスト・セラーです。爆撃マフィアとは、精密爆撃(Precision bombing)を追究したヘイウッド・ハンセル少将らのグループです。精密爆撃とは、敵国の心臓部をピンポイントで空爆することによって、爆撃による犠牲者を減らし、かつ戦争を早期に終結させるという戦略理論です。第一次世界大戦で登場した軍用機ですが、当時は陸軍傘下で補助的役割を担うのみでした。それを戦争の中心的武力に押し上げ、第二次大戦後には空軍として独立するまでにした中心的理論だとされます。

 最初に、空爆の有用性を主張したのは、第一次大戦で陸軍飛行隊を率いたウィリアム・ミッチェル准将でした。第二次大戦が勃発する20年も前に、英国とナチスで戦われた空中戦”バトル・オブ・ブリテン”を予測し、日本が太平洋戦争を起こし、真珠湾を攻撃することを予言したことでも知られます。ミッチェルは、戦艦無用論を唱えるなど、あまりにも過激に持論を展開したため、退役に追い込まれています。その意志を継いだのが、米国空軍生みの親ヘンリー・アーノルドでした。第二次大戦勃発時、米国は世界第6位の空軍力しか持っていませんでした。ルーズベルト大統領を説得したアーノルドは、巨額の予算を獲得し、急速に空軍力を強化しました。なかでも原爆開発費を凌ぐ予算を獲得したのがB29爆撃機の開発でした。

航続距離が長く、かつ前人未踏の1万メートルという高高度から、防空体制に煩わされることなく爆撃できるB29は、夢の爆撃機でした。しかも、自動計算機能を持つノルデン爆撃標準器を搭載し、まさに戦争を変える精密爆撃の実現となるはずでした。構想から実戦配備まで10年を要したB29は、1944年11月、ヘイウッド・ハンセル将軍の指揮下、マリアナから東京への爆撃飛行を行います。ところが、日本上空を吹くジェット気流と冬場の厚い雲に阻まれ、思うような戦果を得られませんでした。膨大な開発費に対して貧弱な成果、アーノルドは大統領から責められ、陸海軍からはB29を渡せと迫られます。アールドは、戦争に革命をもたらす精密爆撃の実現という目的を忘れ、目に見える手近な戦果を求めることになります。

それは、精密爆撃を運用するためには空軍の独立が不可欠という信念から逸脱して、空軍独立が目的化する過程でもありました。アーノルドは、ハンセンを解任し、カーティス・ルメイを司令官に任命します。同時に、B29の長所を無視した夜間低空飛行を行い、精密爆撃の対局である焼夷弾による非人道的な無差別爆撃を指示します。1945年3月10日の東京大空襲は、東京を焼き尽くし、一夜にして10万人の命を奪います。カーティス・ルメイは、この指示に大いに戸惑いますが、自分一人で責めを負う覚悟を決め、命令に従います。日本では、皆殺しのルメイと呼ばれるカーティス・ルメイですが、裏にはアーノルドがいたわけです。結局、60以上の都市が焼かれ、8月には、広島、長崎に原爆が投下されることになります。

「Bombing Mafia」は、ルメイが戦いに勝ち、ハンセンが戦争に勝った、と結論づけています。つまり、ハンセンら爆撃マフィアが追究した精密爆撃の理想は、近年の誘導ミサイルやドローンによって実現されたというわけです。しかし、精密爆撃が、戦争の犠牲者を減らすことや戦争を早期に終わらせることに貢献しているかどうかは、多少疑問もあります。また、原爆投下は戦争を早く終わらせ、それ以上の犠牲者が出ることを防いだというアメリカ人の好む理屈がありますが、その背景には精密爆撃の思想があるのでしょう。犠牲者には日本人も含まれることは理解できます。ただ、自国の兵士の犠牲を減らすために、敵国の市民を大量に殺しても良い、などといった馬鹿げた話が正当化されるわけがありません。原爆は、精密爆撃の思想とは、明らかに異なると思います。(写真出典:amazon.co.jp)

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