塩パンを発明したのは、愛媛県西部の八幡浜市にある「パン・メゾン」という店です。売り上げが落ち込む夏場対策として、2003年に考案されたようです。当初は、さっぱり売れなかったようですが、魚市場で働く人たちから売れ始め、それが高校生へと広がり、家族でも評判となったことから、大爆発したと言います。発売から4年後には、1日6,000個という驚異的な売上となり、全国ニュースでも取り上げられることになります。ロールパンの倍のバターを包み込んで焼き上げる塩パンは、岩塩を乗せた表面がパリッとし、バターが溶けて空洞化した中はモッチリ、そして底はバターがしみ出してサクッとした食感になります。ソフトな生地をベースに、バターで風味と食感を増した塩パンは、老若男女が楽しめる傑作です。
塩パンのルーツは、ウィーン発祥の”ザルツ・シュタンゲン”だという話もあります。塩の棒という意味のこのパンは、見た目が塩パンとそっくりです。同じくウィーン発祥で、日本でも見かけることが多い”カイザー・ゼンメル”は、丸い形状に放射状の切れ込みがあり、ポピー・シードを乗せた香ばしいパンです。それを棒状にしたのがザルツ・シュタンゲンです。塩パンとの違いはバターの使い方だと思います。塩パンで使うバターの多さが、劇的な変化を生んでいると思います。ザルツシュタンゲンは、基本的な材料で作る油分の少ないリーン系です。一方、塩パンは、多少油分も入れたソフト・フランスパンの生地を使いますが、なにせ包むバターの量が多いので、結果、リッチ系になっていると言えます。
「パン・メゾン」は、数年前、本所吾妻橋に、塩パン専門の「塩パン屋パン・メゾン」を開きました。基本の塩パンに加え、あんバター塩パン、塩パンのメロンパン、塩パンのサンドイッチといったアレンジ・パンも売っています。開店当初は、大行列だったようです。多少落ち着いたとは言え、今でも行列は絶えません。その後、東銀座にも店を出したようです。愛媛県まで行かなくても、元祖塩パンが食べられることは、誠にありがたい話です。過日、ポカポカとした陽気の日に、本所吾妻橋で塩パンを買い、墨堤に腰掛けて、焼きたてを食べました。やはり焼きたてが一番美味しいわけです。海外の文化を、日本人好みに変えていくという日本人の発想力の豊かさに敬意を表しながら、美味しくいただきました。
塩パンに使われるソフト・フランスパンの生地も、実は、日本人の発明です。1865年、江戸幕府は、フランスの協力を得て、横須賀で造船所の建設を始めます。その際、技術者たちに同行したパン職人がフランスパンを焼きます。それを見た日本の職人が、日本人の口にも合うよう工夫を凝らし、外はパリッとして、中はモチッとしたソフト・フランスパンが誕生します。ソフト・フランスパンは、リーン系のフランスパンに比べ、生地に砂糖やバターを少量加えて、しっかりこねます。それによってフランスパンよりもグルテンを多く含む生地が生まれます。しっかりこねるあたりは、日本のうどんや蕎麦の文化を感じさせて面白いところです。(写真出典:syokuraku-web.com)