2023年3月20日月曜日

ロール・キャベツ

新宿駅の一日当たりの乗降客数は、350万人を超えており、ギネス・ブックでも世界一と認定されているそうです。新宿区の飲食店数は、かつてより減っているようですが、それでも5,500店を超え、老舗から新店、世界各国の料理店がしのぎを削っています。私が好きな店も多くあります。にもかかわらず、新宿に行った際にランチを食べるのは、ごく数店に限られます。なかでも多く行っていたは2店。一つは、紀伊国屋の地下にあったシャバシャバ・カレーで有名な”モン・カフェ”ですが、昨年、西口の高層ビル街に移転し、行く気を失いました。今ひとつは、アルタ裏の”アカシア”です。1963年創業という老舗洋食屋です。

アカシアと言えば、なんと言っても”ロールキャベツ・シチュー”です。私は、ロールキャベツ2貫とごはんのセット、通称”ロールキャベツごはん”しか注文しません。合い挽きとタマネギというシンプルなタネに、柔らかいキャベツはしっかり巻かれ、そのバランスは王道と言えます。これをじっくりチキン・スープで煮込んであります。そのスープに炒めた小麦粉を加えたと思われるシチューは、ちょっと昔風で懐かしさを感じます。ハウス食品がシチューミックスを発売したのが1966年だったそうです。それ以降、日本のシチューの味はハウスの味になります。アカシアのシチューは、ハウスのルー以前に家庭で作られていたシチューの味がします。これが、白いごはんに良く合うのです。要はお袋の味というわけです。

かつて六本木に”ダブル・アックス”というギリシャ料理店がありました。ショータイムに、客が皿を床に叩きつけて割り、その上でダンサーが踊るというパフォーマンスが人気の店でした。ギリシャ料理と言えば、ムサカやタラモサラタですが、ぶどうの葉で肉や米を包んで蒸したドルマも定番です。これがロール・キャベツの起源となった料理ですと、店員から聞きました。葉っぱで包むスタイルの料理は、世界中にありそうな気がしますが、文献上は、ササン朝ペルシアの記録に初登場しているようです。肉と米を包む料理は、オスマン・トルコ発祥で、その後、ヨーロッパ各地に広がっていったようです。ぶどうが育たない東部、北部ヨーロッパにも伝わり、ロール・キャベツに変わっていったのでしょう。

アカシアにほど近いところに、人気のロシア料理店”スンガリー新宿三丁目店”があります。ロシアとジョージア料理を出しますが、とても美味しい店です。その定番料理の一つがウクライナ風ロール・キャベツ”ゴルブッツィ”です。トマトをベースにサワー・クリームも入ったソースが特徴的です。ロール・キャベツとボルシチはウクライナ発祥の料理だと聞いたのは、この店だったように思います。ことの真偽ははっきりしませんが、トルコとの近さで言えば、ロール・キャベツのウクライナ発祥説はあり得ます。ちなみに、2022年、ウクライナのボルシチは、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。ロシアによるウクライナ侵攻以前から申請されていたようですが、戦乱を機に登録が急がれたようです。もちろん、ロシアは猛反発しています。

かつてアカシアでは、昔を懐かしむ老人客が多かったように思います。おそらく新宿が学生運動の街だった頃に通っていた人たちなのでしょう。紀伊国屋地下にあったモン・カフェも同じような老人客をよく見かけました。ただ、最近のアカシアには、若い客も多く見かけ、皆、ロール・キャベツを食べています。美味しいものは継承されていくというわけです。もし、味の東京遺産のような制度があるとすれば、寿司・蕎麦・天ぷら等と並んで、アカシアのロール・キャベツも登録されて当然だと思います。(写真出典:restaurant-acacia.com)

マクア渓谷