2023年3月1日水曜日

梁盤秘抄#30 Black Radio

 アルバム名:Black Radio(2012)                                                                    アーティスト:Robert Glasper 

グラミー賞の花形レコード賞は、意外な結果に驚かされることがあります。近年では、2020年、リゾの「Cuz I Love You」が迫力勝ちと思われていましたが、蓋を開けるとビリー・アイリッシュが受賞。これは、結構、驚きでした。今年は、ビヨンセ、アデル、ハリー・スタイルズが有力視されるなか、リゾの「About Damn Time」が勝つという番狂わせでした。先祖帰りしたような明るく軽快な曲は、コロナ明けの象徴なのかも知れません。そして、R&Bアルバム賞にはロバート・グラスパーの「Black Radio3」が選ばれました。2013年の「Black Radio」以来の受賞です。R&Bの本流ではないロバート・グラスパーに2度目の受賞があるとは思ってもいませんでした。R&Bも変わったということなのでしょうか。

ロバート・グラスパーの音楽は、ジャズ、ソウル、フュージョン等のいずれでもあり、いずれでもありません。ひたすらロバート・グラスパーの音楽というべきなのでしょう。正月早々、ブルー・ノートで、ロバート・グラスパーのライブを初めて聴きました。ベース、ドラムにDJという小ユニットでした。これで、ロバート・グラスパーの世界を聴かせられるのか、と心配になりましたが、十分以上にクラスパー・ワールドが展開され、大満足でした。セットアップは、「Black Radio3」収録曲が中心となっていました。ホリデイ・シーズンでもあり、彼の家族も来店しており、演奏を終えたグラスパーに駆け寄るお子さんが可愛らしく、店内の注目を集めていました。

「Black Radio」は、多くのゲストが参加し、収録曲も自身の曲以外も含めた多彩な構成になっています。ところが、すべての演奏が、見事にグラスパー・ワールドになっており、スムーズに気持ち良く展開する統一性の高いアルバムになっています。多くのゲスト、多彩な曲は、グラスパーが自らの音楽を確立したという自信の現れかもしれません。モンゴ・サンタマリアの「アフロ・ブルー」は、ジョン・コルトレーンの名演でも有名ですが、本作では、エリカ・バトゥーが歌っています。彼女の独特な抜け感のある歌い方が、グラスパー・ワールドにドはまりです。モンゴ・サンタマリアは、キューバ出身のコンガ奏者ですが、ハービー・ハンコックの「ウォーター・メロン・マン」をヒットさせたことでも知られます。

シャーディーの「Cherish the Day」は、レイラ・ハサウェイが歌っていますが、都会的でソウルフルな曲に生まれ変わっています。グラミー賞のR&Bベスト・パフォーマンスにもノミネートされた「Gonna Be Alright」は、グラスパーの曲で、レデシーが歌っています。驚くべきは、ここからグランジが始ったとされるニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」です。この曲を含むアルバム「Nevermind」は驚異的な売上を挙げ、ロックを変えたと言われます。グラスパーは、これを、原曲とはまるで異なるリリカルな曲に仕上げています。それが何の違和感もなくグラスパー・ワールドに染まっていることにたまげます。まさにグラスパーのアレンジ力の高さを示す一曲だと思います。

R&Bをベースとしつつも、個々の感性で新しい音楽を目指す動きは古くからありました。スライ・ストーンしかり、ニュー・ソウルと呼ばれたマーヴィン・ゲイ等、あるいはプリンスやシャーディーもいました。90年代からはネオ・ソウルと命名され、ディアンジェロ、エリカ・バトゥー、ローリン・ヒル等が登場します。ただ、その定義は実に様々で、定まりません。それもそのはず、互いに刺激を受けたとしても、あくまでも個人の感性で、様々な方向へと世界観を広げているからです。とは言え、多少の共通点ならば存在します。R&Bベースのリズム、都会的編曲、スムーズなメロディ、そして、とにかく気持ち良い音楽であることなどです。「Black Radio」も、聴いていて、とにかく気持ち良い音楽だと思います。その気持ち良さの根源は、一旦、R&Bの伝統から解放されたことで獲得した客観性なのかもしれません。(写真出典:amazon.co.jp)

マクア渓谷