2023年2月27日月曜日

「バビロン」

監督:デイミアン・チャゼル      2022年アメリカ

☆☆☆+

もはやデイミアン・チャゼル監督を新進気鋭の若手監督とは呼べないのかも知れません。メジャー・デビューとなった「セッション」で、アカデミー賞5部門ノミネート、3部門獲得した際は29歳。驚異的な大ヒット映画となった2016年の「ラ・ラ・ランド」では、32歳という史上最年少でアカデミー監督賞を受賞しました。2018年には、人類初の月面着陸を行ったニール・アームストロングを描いた「ファースト・マン」で、監督としての確かな腕前を見せ、再びヒットさせています。ハリウッドにとって、デイミアン・チャゼルは稼げる監督の一人になったわけです。「バビロン」の製作費は、「ラ・ラ・ランド」の3千万ドルに対して、1億ドル以上と言われ、3倍以上に膨らんでいます。

「セッション」は、ジャズをかじったことがある監督のジャズに対する愛情があふれた映画でした。「ラ・ラ・ランド」は、ハリウッド映画に対する愛情に満ちあふれた、幸せなおとぎ話でした。「バビロン」は、ハリウッド映画を生み出しているクレイジーな世界に対する深い愛情を感じさせます。異常な世界ですが、その猥雑さも含めて、チャゼル監督は愛してやまない、といった印象です。これをサイレント時代の終焉に伴う悲劇を描いた「サンセット大通り」の系譜的作品だと理解するなら、「バビロン」はとんでもなく狂った最悪の映画です。「バビロン」は、カルト・ムービーだと理解すべきでしょう。「バビロン」は、史上最高の製作費を投じたカルト・ムービーとして永く歴史に残るかも知れません。

ハリウッドは、まんまとデイミアン・チャゼルにだまされたとも言えます。監督は、興業成績が伸びず、評価も分かれることは承知のうえで、やりたかったことをやり遂げ、ニンマリしているはずです。エネルギッシュな映像は、監督の力量と思い入れを感じさせます。また、「バビロン」は、歴史を彩った映画へのオマージュにあふれています。例え、それらがドラマを構成する必然性に乏しくても、やりたいことをやっているといった印象です。各シークエンスは、必要以上に長い印象を受けますが、イメージを完全に映像化するという監督の強い意思を感じます。「バビロン」は、チャゼル監督が、プリンストンで育った映画オタクのチャゼル少年、そして同年代の熱烈な映画オタクのためだけに作った映画だと言えます。

監督は、クレイジーな人たちがクレイジーな現場で作っているからこそ映画は面白い、と言っているような気がします。猥雑なエネルギーこそ映画製作の源であることを示すには、サイレントからトーキーへ変わる時代が最も適しているということなのでしょう。主演したマーゴット・ロビーは、まさにはまり役。ハリウッドは、彼女の扱い方に悩んでいるように思えますが、少なくともカルト・ムービーには、ドはまりです。マーゴット・ロビーは、派手な目鼻立ちで現代版ソフィア・ローレンといった風情です。ソフィア・ローレンも、デビューからしばらくは単なる肉体派女優でした。マーゴット・ロビーも、いつか「ひまわり」のような映画を撮ることになるのかも知れません。

近年、監督自身の映画やハリウッドへの思い、あるいは自らの子供時代をモティーフとする映画が多く見られます。いわば映画の私小説化です。それが許され、資金が提供されるのは、力量のある、稼いだ実績のある監督に限られます。力のある監督が、思い入れたっぷりに撮るだけあって、なかなか良い映画ができるように思います。一方では、思い入れの強さゆえ、冗漫になりすぎる傾向もあります。「バビロン」も、映画への愛情あふれる映画ですが、多少スタンスは異なります。その違いは、製作サイドからではなく、映画ファンの視点から描かれているということなのでしょう。象徴的なのは、時代に乗り遅れたスターたちの死です。それは決して悲劇のハイライトとしてではなく、映画製作という猥雑な世界でまま起こる一つの事象として、多少距離をとって描かれているように思います。(写真出典:babylon-movie.jp)

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