監督: スコット・クーパー 原題:The Pale Blue Eye 2022年アメリカ
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アメリカの士官学校と言えば、陸軍のウェストポイント、海軍のアナポリス、空軍のコロラド・スプリングスが有名です。なかでも、ウェストポイントの米国陸軍士官学校は、アメリカを代表する超エリート校の一つとして知られます。1802年、トーマス・ジェファーソン大統領の命により創設された士官学校は、NYの北80kmに位置し、東はハドソン川を見下ろし、他の三方は広い森に囲まれています。一度、見学に訪れたことがありますが、威厳あるゴシック建築と美しいハドソン川の景観が実に見事でした。「ほの蒼き瞳」は、19世紀初頭、開校間もないウェストポイント士官学校を舞台とするミステリーです。原作は、ルイス・ベイアードの「The Pale Blue Eye(邦題:陸軍士官学校の死)」です。ベイアードは、歴史的な人物や出来事を取り入れたミステリーを得意にしています。本作では、元NY警察刑事とともに、当時、実際に在学していたエドガー・アラン・ポーが、学内で起きた殺人事件の解明に挑むという内容になっています。原作は読んでいませんが、ヒットした作品のようです。アメリカ人は、何故か分厚い本が好きです。結構なページ数がないとヒットしません。ただ、冗漫な作品になる傾向もあるわけですが、一定のムードを持続させる筆の力があれば、間違いなくヒットします。本作は、ゴシック調ムードにあふれていますが、プロット自体は、やや平凡で、ありきたりな展開となっています。結果、ドンデン返しもパンチに欠けます。
映画は、その原作に忠実すぎたのか、やや平板な印象になりました。文章の力と映像の力は、明らかに異なります。原作を映像化する場合には、ある程度の翻案を加え、映画としての表現を成立させる必要があります。この作品は、そこが中途半端だったように思えます。脚本も映像も、映画的な組み立てに弱いところがあり、立体感に欠けます。ゴシック調ムードは保たれていますが、映像は奥行きに欠けた構成となっています。おそらく原作の方が、数段、読者を楽しませたものと思います。ただ、役者陣の頑張りで、なんとか格好がついた面もあります。
元刑事役のクリスチャン・ベールの安定した演技はさすがです。この人が出演しているだけで、映画が締まる印象があります。特筆すべきは、エドガー・アラン・ポー役のハリー・メリングの名演です。ポーの複雑な人格を見事に演じ、映画に奥行きを生んでいます。他にもロバート・デュバル、Xファイルのスカリー(ジリアン・アンダーソン)も、役を楽しんでいる様子で、いい味を出しています。驚いたことに、元刑事の娘役で、セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの娘シャルロット・ゲンズブールも出演しています。彼女は、演技だけでなく音楽活動でも知られます。既に50歳を超えているにもかかわらず娘役とは、母親ゆずりの魔性ぶりと言えます。
スコット・クーパー監督と言えば、なんと言っても「ブラック・スキャンダル」(2015)が印象にのこります。実在するボストンのアイリッシュ・マフィアを描いた実録ものです。ジョニー・デップの演技も光っていました。2013年の「ファーナス/訣別の朝」も印象に残る映画でした。クリスチャン・ベール主演ですが、行き場のないラスト・ベルトの現状がよく描かれていました。2017年の「荒野の誓い」も同様ですが、脚本は今一つながら、一定のムードと緊張感を持続させる腕の良さを持った監督だと思います。ただ、芝居がかったゴシック調の映画では、彼のこれまでの作品とは異なる構成力が求められるように思います。スコット・クーパーの真骨頂は、憂鬱なリアリティにこそあると思います。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)