2023年1月14日土曜日

「ホワイト・ノイズ」

監督:ノア・バームバック      2022年アメリカ

☆☆☆

「The New Yorker」は、NYを象徴するような雑誌です。1925年に創刊され、その洗練された都会的なスタイルを保ってきました。知的な記事はもとより、著名人によるエッセイ、イラストの表紙、漫画などで有名ですが、毎回掲載される短編小説のレベルの高さもよく知られるところです。カポーティ、チーヴァー、ナボコフ、サリンジャー、ロス、ショー、アップダイク等、ニューヨーカー誌を彩った作家たちは、20世紀アメリカ文学をリードしてきました。なにげない都会の日常をスケッチしながら、そこに疎外感や孤独をにじませるスタイルが、最もニューヨーカーらしいスタイルだと思っています。NY出身のノア・バームバックという人は、ニューヨーカー・スタイルを映像で表現する監督だと思います。

「フランシス・ハ」(2013)、あるいはアカデミー作品賞候補にもなった「マリッジ・ストーリー」(2019)は、まさにニューヨーカー・スタイルだと思います。自らが書いた脚本を監督する映像作家ですが、今回の「ホワイト・ノイズ」は、ドン・デリーロが1985年に発表した小説の映画化です。日本でのドン・デリーロの知名度はイマイチですが、現代アメリカを代表する作家であり、ノーベル賞候補とも言われます。ただ、モチーフとして社会問題を扱うことが多く、日本では純文学として見られていないのかも知れません。ホワイト・ノイズも、化学物質による汚染をモチーフとし、ポスト・カウンター・カルチャー、あるいは家族への回帰をテーマとしてます。1980年代アメリカの自画像のような作品だと思います。

監督の手腕を感じさせる映像スケッチ、アダム・ドライバーはじめ役者陣が出すいい味等は見事なのですが、全体として、ゴチャついた印象があり、長尺な映画であることも含め、やや冗漫な映画になっています。シナリオの詰めが甘いことが主因だと思います。原作ものの難しさでありますが、映像化に際しては、翻案したり、ディテールを削ぎ落とす必要があります。それが不十分なために、ドラマとしてのエッジを失っているように思います。また、ノスタルジックな80年代の事物へのこだわりが映画をブレさせているようにも思います。監督は、1980年代に多感な十代を過ごしており、そこにこだわり過ぎたのでしょう。フェリーニの「アマルコルド」を意識した面もあるのかも知れません。

監督は、80年代を描きたくて、この原作ものを引き受けたのかも知れません。ここのところ、タランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」、ケネス・ブラナーの「ベルファスト」、パオロ・ソレンティーノの「The Hand of God」、イニャリトゥの「バルド」等々、監督の幼少期や若い頃を思い入れたっぷりに描き込む映画が多いように思います。それぞれ、なかなか良い作品に仕上がっていました。本作が、他と異なるのは、80年代に書かれた原作ものだということです。当然、原作には80年代を懐かしむ視点などありません。本作にあって、テーマを追求することとノスタルジーを求めることは、重なるところはあるにしても、両立はしません。

この時期、Netflixは、明らかにアカデミー賞ねらいと思われる作品を投入してきます。ストリーミング作品をアカデミー賞の候補にするのは如何なものか、という批判をかわすために、ごく短期間だけ劇場公開も行います。本作も同様です。制作会社は、いまやアカデミー賞常連となり、飛ぶ鳥を落とす勢いのA24です。A24は、NYを拠点にしており、ハリウッドと一線を画しているところが強みだと思います。A24は、若い才能を発掘することでも知られます。本作でアダム・ドライバーの妻を演じたグレタ・ガーウィグは、「フランシス・ハ」などノア・バームバック映画の常連でもあり、実生活にけるパートナーでもあります。ガーウィグは、34歳のおり、「レディバード」(2017)で監督デビューし、高い評価を得ています。「レディバード」の制作もA24でした。(写真出典:en.wikipedia.org)

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