2022年11月7日月曜日

「フェアリーテイル」

監督:アレクサンドル・ソクーロフ            2022年ロシア・ベルギー

☆☆☆

東京国際映画祭、 ガラ・セレクション招待作品です。ソクーロフ監督にとっては 「フランコフォニア ルーヴルの記憶」(2014)以来の作品となります。 手書きされた背景に、実写映像を合成して作られています。アニメーションの一種なのでしょう。チャーチル、 スターリン、 ヒトラー、 ムッソリーニの4人が、 記録映像から合成されています。さらにイエス・キリスト、 ナポレオンも登場します。 兵士や大衆は、 海の波のように描かれるのみです。欧州における第二次大戦の主役たちは、それぞれの自国語で語りますが、会話は成立せず、モノローグが交差するだけです。

絵画的背景と記録映像の合成は、 恐らく新しい試みなのでしょうが、ソクーロフの映像としては、 何の違和感もありません。むしろ、ソクーロフらしい映像だと思いました。それにしても、 ソクーロフの為政者たちへのこだわりは、「権力者4部作」以降も、変わることなく続いているわけです。黄泉の国で邂逅した風情の為政者たちは、 歴史的事実やそれぞれの意図を付け合わせるわけでもなく、一方的な批判を行うでもなく、ただ空虚なモノローグを吐き出すだけです。 各人の個性を浮き彫りにしようなどといった姑息なねらいもありません。 ひたすらソクーロフ独自の虚無感が広がるだけです。 

ソクーロフは、ミニマリズムの監督と言われます。ミニマル・アートは、説明的な表現、あるいは装飾性を排し、可能な限りシンプルな形や色をもって表現しようとする芸術です。ソクーロフも、かつては、ドラマ的な映画を作成していましたが、ソヴィエト崩壊後、ミニマリズムに移行しています。旧ソヴィエトにあっては、映画産業も、統制下にあり、表現すべきもの、表現方法は、厳しく規制されていました。表現方法が限られると、表現技法そのものは洗練されるものです。旧ソヴィエトが、優れた映画を生み出した所以でもあります。ソクーロフも、国立映画大学を卒業し、表現を磨き、ソヴィエト崩壊を迎えたわけです。

ソクーロフにとって、抽象性の高い表現方法は、単なる実験的手法ではなく、その感性を表出させるために最も適した手法だったということなのでしょう。ミニマリズムは、ロシア構造主義に発するとも言われます。ロシア革命によって、ブルジョア芸術を否定する動きのなかで生まれたとされます。多くのロシア人が欧州やアメリカに亡命し、ミニマリズムが広まることになります。構造主義は革命運動の象徴でもあったわけですが、一方で、ロシア人の内省的な気質が、構造主義をより抽象性の高い表現へと進化させていった面もあるのでしょう。ソクーロフの映画が持つ抽象性は、ロシアの歴史に根ざしているとも言えそうです。

どう考えても退屈なはずのソクーロフの映画ですが、飽きることなどありません。実に不思議だと思います。思想や主張、あるいは独特なテンポやダイアローグで形成されるソクーロフの世界自体が魅力的だということになりますが、煎じ詰めれば、映像の力なのではないかと思います。観客を一定方向に誘導するドラマ的映像とは異なり、ソクーロフの散文詩的映像は、我々の脳を刺激し続けます。観客は、何かを感じるか、考え続けることになります。それはあたかもソヴィエトの全体主義とソヴィエト崩壊後の個人主義を象徴しているようでもあります。(写真出典:filmarks.com)

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