面白いと思うのは、国民に愛されている系のランキングに多く登場するのが、明治期以降に海外から入ってきた食文化であり、肉や小麦粉系が多いことです。かつて、イタリア人から、日本で驚かされることの一つは食文化の多様性だ、と言われたことがあります。イタリアだって、豊かで多様な食文化が自慢じゃないか、と言うと、イタリア人が、普段食べているのは、パスタと肉だけだ、と返されました。言われてみれば、日本の食文化の多様性はなかなかのものであり、世界一かも知れません。伝統の米、野菜、魚、発酵食品等に加え、外来の食文化を日本流にアレンジして我が物とする傾向が、多様性を生んでいるものと思われます。
明治初期、英国からカレー粉がもたらされ、日本のカレーライス文化がスタートします。最初にカレーライスを出した陸軍幼年学校や札幌農学校の寮のレシピは、既に、多くの具材を煮込んでとろみをつけ、米と相性が良い日本独自の料理になっていたようです。古い歴史を持つ中国の麺料理は、具材が主役で、コシの無い麺を使います。対して、明治末期、浅草で誕生した”日式”ラーメンは、真逆で、スープを主体とし、かん水で麺にコシを出します。また、ローマで本場のカルボナーラを食べたことがありますが、パンチェッタの獣臭が気になりました。ベーコン、パルミジャーノ・レッジャーノ、生クリームを使う日本独自のカルボナーラの方がずっと美味しいと思いました。
料理に限らず、外来文化を日本風にアレンジする力には驚かされます。世界各国でも、似たようなことは行われているのでしょうが、特に日本ではそれが顕著だと思われます。その背景には、日本の歴史があるように思います。第二次大戦後の一時期、そして沖縄を例外とすれば、日本は、外国に侵略、支配されたことがありません。植民地支配された国々では、宗主国が、支配しやすくするために、自国と同じ法体系や社会制度を押しつける傾向があります。文化政策も同様、自国文化をそのまま持ち込みます。かつて、日本も、台湾や朝鮮半島で、同じことをしました。日本は、他国の文化を強要されたことがなく、都合の良いものだけを取捨選択して取り入れることができたわけです。
ちなみに、国民食と言われる料理に共通していることは、家庭でも比較的簡単に作れて、気軽に食べられることだと思います。それには、料理の手間を大幅に省く食材・調味料の開発が大きく関わっていると思います。例えば、寿司酢、カレー・ルー、インスタント・ラーメン等です。メーカーの努力が国民食を生んだのか、国民食だからメーカーが開発したのか、恐らく、いずれのケースもあったのでしょう。麻婆豆腐を国民食にあげる人もいます。麻婆豆腐は、四川飯店の陳建一が日本に紹介したと言われます。それが豆腐料理ナンバー・ワンの地位を獲得するようになったのは、明らかに丸美屋の功績だと言えます。赤いのに、痺れず、辛くない丸美屋の”麻婆豆腐の素”は、四川のそれとは明らかに異なる純“日式”の料理です。(写真出典:nsouzai-kyoukai.or.jp)