2022年10月10日月曜日

最後の母系社会

世界最後の母系社会と言われるのは、雲南省と四川省にまたがる雲南高原北西部に暮らすモソ族です。標高2,600mの鹿谷湖周辺に、約9万人が住んでいると言われます。少数民族の宝庫とも呼ばれる雲南省には25もの少数民族が暮らします。しかし、モソ族は、中国政府による少数民族分類の一つではなく、ナシ族の亜氏族と整理されているようです。少数民族の分類は、非常に難しく、現在、中国政府が認めているのは55の少数民族ですが、実際には、もっと細分化できるということなのでしょう。近年、鹿谷湖の自然とモソ族の特異な文化は、観光客を集めるようになっているようです。

モソ族は、古くから、家畜を飼い、漁を行い、雑穀を育てて、生活してきたようです。漢民族やモンゴル族の支配を受けると、トウモロコシやジャガイモも栽培するようになり、ことにジャガイモは、永らくモソ族の主食だったようです。モソ族は、ほぼ完全な母系社会を維持しています。家長は女性であり、母系相続が行われ、結婚という概念を持っていません。男女が交わり、子供をもうけますが、それは結婚という枠組みとは関係なく成立しています。便宜上、中国語で”走婚”、英語では”Walking Marriage”と呼ばれますが、それは、決して結婚ではありません。

夜、男性は女性の部屋に窓から入り、一夜を共にし、夜明け前には実家に帰ります。ここまでなら、夜這いや妻問婚のように見えます。ただ、本来的な夜這いは求婚プロセスであり、妻問婚は結婚の一形態に過ぎず、いずれも婚姻制度のうえに成り立ちます。モソ族の場合、結婚という制度は存在せず、男女の関係は、両者が合意すれば簡単に始まり、一方からの申し出で簡単に終わるようです。ただし、同時に複数と関係を持つことはないようです。子供が生まれても、その関係は変わらず、子供は女性の家族全員で育てます。モソ族には”父親”という言葉すらないと聞きます。

家父長制、あるいは一夫一婦制に馴染んだ我々の目から見れば、誠に奇異に映ります。ただ、農耕が始まる前には、母系社会が一般的だったとされますので、人類の最も古い社会形態を維持しているとも言えるのでしょう。農耕は、所有という概念を生みます。また、農耕は、組織的な労働力を必要します。土地や労働力を独占し、効率よく生産を行う手段として家父長制が生まれ、結婚という制度を通して一夫一婦制が確立されていきます。人間の長い歴史のなかでは、家父長制や一夫一婦制の歴史はごく短く、むしろモソ族のような母系社会や恋愛の仕組みの方が永らく主流だったわけです。

しかも、家父長制や一夫一婦制は、人間にとって無理のある制度なのかも知れません。農業の生産性を高めるために、人間の本質を犠牲にしている、と言える面があるかも知れません。モソ族には、離婚問題も、浮気問題も、親権問題も、相続問題もありません。高地に暮らすモソ族が、米や小麦を栽培してこなかったことが、母系社会を温存できた最大の要因なのでしょう。ただし、モソ族も、20世紀中期からは、稲作を始めたようです。外界との交流が増え、稲作はじめ外の文化が持ち込まれると、モソ族の母系社会は失われていくことになると思われます。(写真出典:refinery29.com)

マクア渓谷