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Noble Drew Ali |
その被告は、16歳の少女であり、罪状は、友人への暴行だったと思います。彼女は、自分はソブリン・シチズンである、よって逮捕も裁判も認めない、と繰り返します。何度目かの裁判で、法廷侮辱罪を問われ、収監が決まると、彼女の態度は激変します。裁判官へ謝罪したうえで、判決を受け入れました。”Sovereign citizen(主権市民)”とは、習慣法のみを尊重し、合意しない限り、連邦政府が定めた法や法手続きには一切従わないと宣言している人たちです。もちろん、連邦政府はソブリン・シチズンの主張を違法としています。反政府主義者ではありますが、連邦法上は、脱税、国有地の不法占拠、 偽造、公務員に対する脅迫、銀行詐欺、小切手詐欺等の犯罪者が大半を占めます。
実は、その16歳のソブリン・シチズンについて、最も驚いたことは、彼女がアフリカ系アメリカ人だったことです。ソブリン・シチズンとミリシア(民兵)は、反連邦政府という点で、ほぼほぼ重なります。実際、ソブリン・シチズンが引き起こした政府との対立には、各地からミリシアが、武器を持って集結し、武力衝突すら起こしています。ミリシアは、連邦政府、大企業、東部エスタブリッシュメントの陰謀論に凝り固まっており、白人至上主義者でもあります。連邦政府は、アフリカ系アメリカ人と結託し、白人の仕事を奪っているというわけです。BLMといった人権運動も、ミリシアにとっては、政府の陰謀ということになります。従って、アフリカ系アメリカ人の少女が、ソブリン・シチズンであると宣言することなど、あり得ないと思いました。
ところが、調べてみて、ソブリン・シチズンは白人だけではないこと、ミリシアも白人だけではないことを初めて知りました。例えば、2021年、マサチューセッツ州のインター・ステート95号線で”ウェイクフィールド・スタンドオフ事件”が発生します。大量の武器を持って95号線を走っていたアフリカ系アメリカ人グループが、警察によって止められます。グループは、アフリカ系アメリカ人ミリシア”Rise of the Moors”のメンバーであり、9時間に渡り95号線を占拠し、警察と対峙しました。結果、逮捕されたミリシアは、ムーア市民を名乗り、ソブリン・シチズンとして連邦法、州法の制約を受けないと主張します。ムーア市民という概念は、20世紀初頭、ノーブル・ドリュー・アリが創設したイスラム教組織ムーリッシュ・サイエンス・テンプルに始まります。
自らをムーア人イスラム教徒と定義したムーリッシュ・サイエンス・テンプルは、分裂を繰り返しながらも、ネーション・オブ・イスラムやワシトー・ネーション等へと引き継がれていきます。ネーション・オブ・イスラムは、アメリカ最大のアフリカ系アメリカ人民族主義団体であり、かつてマルコムXやモハメッド・アリが在籍していたことでも知られます。1990年代に至り、ムーリッシュ・サイエンス・テンプル分派の一部は、自らをソブリン・シチズンであると宣言します。その根拠は、18世紀にモロッコとアメリカが締結した条約だと主張しますが、実際の条約は単なる通商条約に過ぎません。また、主権国家であると宣言するワシトー・ネーションも、ソブリン・シチズン運動の一部と理解されています。アメリカ全土でソブリン・シチズンと主張する人々の数は不明ですが、数万人に及ぶと見られています。自由の国アメリカは、実にややこしい国でもあります。(写真出典:etsy.com)