2022年10月19日水曜日

ソフィスティケイテッド・レディ

若い頃には、激しい恋に落ちるものだけど、その炎はすぐに消え、幻滅した君は、恋のとりこもすぐに賢くなれることを学んだよね。

流れた年月が、君をすっかり変えてしまった。タバコを吸い、お酒を飲み、ノンシャランと生き、明日のことは考えない。ダイヤモンドのきらめきとともに、ダンスをし、誰かと食事する。でも、それが、本当に君の望むことかい? きっと違うよね。

君が、遠い昔に失った恋を懐かしんでいることは知っているよ。そして、そばに誰も居ないとき、君が泣いていることもね。

1932年に、デューク・エリントンが作曲した「ソフィスティケイテッド・レディ」は、美しく、都会的で、センチメンタルな名曲だと思います。当初は、インストゥルメンタル曲でしたが、後にミッチェル・パリッシュが詞をつけます。デューク・エリントンは、パリッシュの詞を素晴らしいと評し、出版を認めますが、自分が作曲した時のイメージとは異なるとも発言しています。エリントンが作曲した時にイメージしたのは、学校で教えながら、夏には欧州を旅していた小学校時代の3人の先生たちだったと言っています。エリントンには、それがとても洗練されたことのように映り、このタイトルを付けたと言います。

”Sophisticated”という言葉は、都会的、知的、洗練された、といった意味があります。ただ、一方では、世慣れた、すれた、ひねくれたといったニュアンスもあり、ネガティブに使われることも多いようです。ミッチェル・パリッシュは、その語感を見事に詞に落とし込み、ちょっとした都会のスケッチを見せてくれています。エリントンのスタイリッシュな曲は、パリッシュの詞によって、都会的な女性を描く、センチメンタルで、深みのある曲に変わっています。夜遊びに明け暮れる都会の女性が、人知れず、若い頃に失った恋に涙するというストーリーは、都会の孤独を描いているとも言えます。あるいは、女性は、終わりを迎えたローリング・トゥエンティーズのNYそのものなのかも知れません。

ミッチェル・パリッシュは、リトアニア生まれですが、誕生直後にアメリカへ移民し、20歳代後半には、NYの音楽出版界ではよく知られる作詞家となっています。特定の作曲家とコンビを組むことなく、依頼に基づき作詞しました。ホーギー・カーマイケル作曲の「スター・ダスト」は、アメリカを代表するスタンダード・ナンバーですが、失った恋を星屑に見立てたパリッシュの詞も、普及の名作とされます。また、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」の春の恋の高揚感をよく伝えるロマンティックな歌詞もパリッシュの手になるものです。ちなみに、エリントンの名曲「ムード・インディゴ」の作詞はアーヴィング・ミルズとされますが、実際には、パリッシュが作詞したようです。いずれにしても、天才的な作詞者だったと思います。

スウィング・ジャズの巨人デューク・エリントンは、自らのビッグ・バンドを率いて、ハーレムのコットン・クラブで演奏していました。同時に、エリントンは、ジャズ界を代表する大作曲家でもあります。A列車で行こう、キャラバン、イン・ア・センチメンタル・ムード、サテン・ドール等々、今もよく演奏されるスタンダード・ナンバーを作曲しました。もちろん、デューク(公爵)はニックネームですが、幼少のころから、立ち居振る舞いが上品だったことから、そう呼ばれたそうです。ソフィスティケイテッド・レディなども、まさにデュークの名にふさわしい曲だと思います。(写真出典:amazon.co.jp)

マクア渓谷