炭火でじっくり焼いた「山賊やき」は、皮がパリパリ、中はジューシーといういい焼き加減です。たれは、意外とあっさりしており、醤油と酒と味醂を主体に、やや甘めの仕上がり。香川県の骨つき鶏のようなパンチのあるたれが主流の時代にあっては、珍しいほど正統派だと思います。一口目のインパクトの弱さはあるものの、ちょうどいい塩梅のたれであり、食後、後を引く旨さがあります。また、人に勧められて食べた「山賊うどん」が美味しくて、また食べたいと思いました。あっさりながらコクのある出汁が特徴的で、やや太めでもっちりとした麺は田舎の家で打ったうどんのような風情がありました。このうどんも人気メニューだそうです。
「いろり山賊」は、1971年に創業しています。もともと広島で居酒屋を経営していた店主が、さまざま制約の多い都市部を離れてオープンしたと言います。それにしても山中に店を開くなど、実に思い切ったものです。以来50年、日に日に人気を増してきたと言います。地元のタクシー運転手の話によれば、娯楽の乏しい土地柄に、一人一台という車社会ゆえ、多少離れていても、話題になった店には人が集まる傾向があると言います。それにしても、50年つづく人気の背景には、インパクトのあるしつらえだけでなく、飽きのこない味付けがあるように思いました。加えて、家族向けというコンセプトを、ブレることなく保ってきたことも勝因なのでしょう。
「いろり山賊」のしつらえや雰囲気は、子供たちにはわくわく感を、都会育ちの人には物珍しさを、そして田舎の人間には郷愁を与えてくれます。かつて、田舎では、祭はじめ、行事・イベントの都度、人々が集まって煮炊きをし、大勢で食事を共にしたものです。いかに田舎でも、今は失われた光景だと思います。「いろり山賊」では、薪や炭からの煙が立ち上り、多くの人が詰めかけています。戸外での食事、たくさんの人も、非日常感、高揚感を高めています。まさに、田舎の祭礼の日の様子が再現されているわけです。人間が持つ潜在的な古い記憶に、強烈に働きかけていると言えます。私が行ったのは日中のことですが、夜にこそ、最も「いろり山賊」らしさが出ると聞きます。ライトアップされると、一層、非日常感が醸成されることは間違いないのでしょう。
山口県内では、知らない人はいないと言われる有名店ですが、中国地方一円や四国からも人が来るようです。私は、TVの旅番組で知りましたが、好みの店だと直感し、憧れていました。また、岩国には、日本最大級の米軍基地があります。「いろり山賊」は、アメリカ人にも大人気だそうです。世界中、祭のムードや非日常感が嫌いな人など、いないということなのでしょう。不思議なのは、これほど成功しているわけですから、全国各地に、「いろり山賊」もどきが出現してもおかしくないと思うのですが、あまり聞いたことがありません。絶妙な立地だったということなのでしょうか。(写真出典:suonada.co.jp)