監督: ナンニ・モレッティ 2021年イタリア・フランス
☆☆+
(ネタバレ注意)
イタリアを代表するナンニ・モレッティ監督の新作です。原題は「Tre piani(3つのフロアー)」であり、原作となったイスラエルの作家エシュコル・ネヴォの作品名も「Shalosh Qomot(3つのフロアー)」です。邦題に鍵をもってきた理由は、やや解せません。高級アパートの3つのフロアーに住む3つの家族の物語です。原作は、3つの独立した物語という構成であり、その構成自体が、フロイト的な思想やイスラエルの現実を象徴しているようです。舞台をローマに移し、住民同士が多少すれ違う程度の味付けをし、ドラマを同時進行させた時点で、この映画の失敗は始まっていたのでしょう。3つの家族の3つのドラマは、同時進行するものの、一つに収斂していくわけでもなく、互いに相乗効果を高めていくわけでもありません。同時進行が生む効果に対する観客の期待は裏切られます。逆に言えば、なぜ同時進行させたのか、ということになります。恐らく原作は、アパートを”無意識”の館に見立て、リビドーの現れ方を3つのフロアーとして表現しているのだろうと思います。同時進行するドラマは、その関連性について語っていません。ナンニ・モレッティは、それぞれのドラマ性だけに注目して映画化したのか、と思えるほどです。同時進行させたのは、映画人らしいギミックに過ぎないように思えます。
とは言え、三大映画祭すべてで賞をとったナンニ・モレッティの腕の良さは、間違いありません。3つのドラマそれぞれは、巧みな演出で、いい味を出しています。3本の独立した映画にすれば良かったのに、とさえ思います。ナンニ・モレッティの映画には、イタリアの伝統芸能的な面白さを感じます。イタリア人独特の人生観やユーモアを感じるからです。日本ではあまり評価されなかった「ローマ法王の休日」(2011)などもいい味を出していて、結構、好きな映画でした。一見すると、バチカンを批判しているようにも見えますが、決してそうではなく、しっかりとカソリックの心情のうえに成り立ったドラマだったと思います。
キャストが、いいですね。存在感のあるいい役者を揃えたものです。裁判官の夫に支配され、夫の死後、自立していく妻を演じたのはマルゲリータ・ブイです。数々の賞を獲得してきたブイは、さすがの演技を見せています。夫が不在がちで、育児ノイローゼに陥っていく女性を演じたアルバ・ロールヴァッハーは、あいまいな表情だけで演じきるという見事な演技力を見せています。他のキャストも素晴らしいと思います。また、お約束ですが、ナンニ・モレッティ自身も裁判官の夫役で出演しています。
総じて言えば、ナンニ・モレッティの演出の巧みさを示す映画でしたが、同時にナンニ・モレッティらしくない映画だったと思います。古典芸能の魅力は、人間の本質に関わる不変的テーマ、そして時代を経ても色あせず、より一層磨かれてきた表現だと思います。老境を迎えたナンニ・モレッティが、どこへ行こうとしているのかは分かりませんが、イタリアの風土に根ざした古典芸能的な味わいは失わないでほしいなと思います。(写真出典:child-film.com)