監督:ジョーダン・ピール 2022年アメリカ
☆☆☆+
(ネタバレ注意)
コメディアン、脚本家でもあるジョーダン・ピールの長編3作目です。大ヒットした処女作「ゲット・アウト」は、低予算映画ながら、アカデミー作品賞にノミネートされ、脚本賞を獲得した新感覚ホラー・コメディでした。ボディ・ホラーが基本プロットですが、人種差別の現状とリベラルな白人を強烈な形で風刺していました。特にアメリカの白人にとって、かなりキツいコメディだったと思います。コメディアンでもあるジョーダン・ピールらしい映画作りと言えます。コメディは、いつも恐怖と裏表一体の関係にあります。SFホラー・コメディである本作は、「ゲット・アウト」よりも奥の深い映画になっています。今回、ジョーダン・ピールがターゲットにしたのは、アメリカの映像産業であり、大衆文化です。本作は、映画やTVといった映像産業に関わるメタファーにあふれています。監督の思い入れの強さを感じます。一つひとつが、示唆に富み、強烈な風刺にもなっていますが、タマが多すぎて、観客がテーマにフォーカスしにくい状況を生んでいるように思います。その点を除けば、☆をもう一つ加えたくなるような傑作だと思います。人を食べるUAP(unidentified aerial phenomenon)と証拠映像というメイン・プロットが、既に象徴的です。監督は、スペクタル依存が高まるハリウッドに警鐘を鳴す、と語っているようです。目があった人間を食べるUAPは、映像産業そのもののメタファーです。証拠映像を撮影しなければ、人に信じてもらえない、また、それがあれば大金持ちになれるというプロットが重ねられます。
主人公は、映画撮影用の馬を飼育していますが、十分に調教された馬であっても、思いどおりにはなりません。これも映像産業が持つ社会的リスクのメタファーなのでしょう。TVの元子役だったテーマ・パークのオーナーが登場します。彼は、ヒットTV番組に出演中に受けたひどいトラウマを抱えています。番組の主役だったチンパンジーが暴走して、キャストを襲ったのです。これは、ほぼ実話のようです。チンパンジーは、馬と同じくコントロール不能な映像のリスクを象徴しています。恐らく、TVが持つ同時性が、より大きなリスクを抱えていることを示しているのでしょう。事件の起きたスタジオに、何故か直立する被害者の靴が象徴的です。認識されていないリスクが、いかに恐ろしいものであるかを暗示しています。
UAPは、庵野秀明の新エヴァンゲリオンに登場する”天使”にインスパイアされたものだそうです。天使のようでもあり、海洋生物的でもありますが、興味深いのは、リアルさを追求した昨今のモンスターとは大違いであることです。これもハリウッド批判なのでしょう。とても印象だったのは、音響の素晴らしさです。なかなか全体像を現わさないUAPを音で表現しています。ジョーズの音楽を思い出します。音響が準主役の映画と言ってもいいかも知れません。「ゲット・アウト」にも主演したアカデミー男優ダニエル・カルーヤは、今回も、抑えた演技でいい味を出しています。「ミナリ」でアカデミー賞にもノミネートされた韓国系アメリカ人スティーブン・ユンが、メリハリの効いた良い演技をしています。
主人公の家族は、映画の誕生に関わっていたという設定になっています。1878年に、エドワード・マイブリッジが制作した走る馬のクロノフォトグラフィーで、騎手を務めていたのが先祖だというのです。スティール写真を連続して見せるクロノフォトグラフィーは、フィルム映像の原型とされます。このマイブリッジのクロノフォトグラフィーは有名でも、騎手が黒人だったことは知られていません。つまり、黒人を差別してきたハリウッドというメタファーなのでしょう。あるいは、映画が持つ政治性を意味しているのかも知れません。制作者が意図を持って作った映像を、多くの人が同時に目にするという特性からして、映画は本質的に政治的だと言えます。とすれば、映画のメタファーであるUAPは、政治そのものだとも言えます。(写真出典:sports.yahoo.com)