ヴェトナムが中国の侵略を受け、苦戦するなか、親子の龍が舞い降り、中国軍を蹴散らします。その際、龍の口から宝石がまき散らされ、それがハロン湾の島々になったという話です。”ハ・ロン”とは、龍が降りるという意味です。ハロン湾の龍の伝説が、いつの戦いのことを指しているのかは判然としませんが、ポイントは中国との戦いだということです。ヴェトナムの歴史は、中国との戦いの歴史でもあります。紀元前から中国の支配を受け、かつ抵抗してきました。古代、中世を経て、1975年の中越戦争、南沙諸島を巡る現在の争いまで、延々と続いています。文献上、最も古い抵抗は、1世紀、チュン姉妹による独立宣言です。3年に渡る後漢との戦いが繰り広げられましたが、鎮圧されています。
そして、千年後の938年に至り、ゴ・クエンが、ハイフォンの北に位置するバックダン川で、南漢軍を撃破し、ついに中国支配から独立しています。ゴ・クエンは、満潮時には水面の下に隠れる無数の杭を河口に打ち、南漢の水軍を待ち構えます。南漢水軍は、満潮時に、大きな船で侵入してきます。これを小舟に乗ったヴェトナム軍が取り囲み攻撃します。南漢軍は、たまらず引き潮に乗って海へと撤退しますが、水面に現われた杭によって、船は破壊されます。興味深いことに、ヴェトナム戦争時にも、ヴェトコンは、米軍に対して、しばしば同じ戦術を仕掛け、成功しています。また、15世紀初頭には、明に侵略・支配されますが、レ・ロイが、10年の戦いの末に、これを破っています。レ・ロイの戦いも、魔剣や大亀といった数々の伝説をまとっています。
要は、ヴェトナム人にとって、ハロン湾は、単なる景勝地ではなく、中国と戦い、独立を勝ち得てきた歴史、そしてそのプライドの象徴でもあるわけです。ホー・チ・ミンが国民に教えた最も大事なことは「独立」だった、とヴェトナム人から聞いたことがあります。確かに、その通りなのでしょうが、ホー・チ・ミン以前から、「独立」はヴェトナム人の血であり、肉であったように思えます。ドナルド・トランプが大統領選に勝利すると、当時の安倍晋三首相は、すぐさまNYに出向き面談しました。その直後、ハノイのノイバイ空港外の喫煙所で、タクシー運転手と雑談しました。その際、安倍首相のトランプ詣でのことを、思いっきりバカにされました。日本はアメリカが大事だもんな、とも言われました。世界で唯一アメリカに勝ったヴェトナム人に言われると、返す言葉もありませんでした。
初めてハロン湾を訪れた時には、ランチ・クルーズ船に乗り、美味しい海鮮料理を食べながら、観光しました。2度目は、ハロン湾に泊まる予定だったので、夕方、観光船に乗りました。夕暮れ時のハロン湾は、より一層、幻想的になります。観光船も少なく、ゆっくり、静かに、絶景を楽しむことができました。中国がいかに大国であろうとも、この絶景を守るためなら、必死で戦うことになるのだろうと思いました。近年は、テーマパークなども開業し、ハロン湾は、急速に観光化が進んでいるようです。世界中から観光客が訪れるハロン湾ですから、やむを得ないことだと思います。 ただ、観光開発の背景には、中国からの観光客の急増があるようです。確かに、2017年に訪問した際には、傍若無人な中国人たちに囲まれて、伝統の水上劇を観ました。(写真出典:24h.com.vn)