2022年8月25日木曜日

「キング・メーカー」

監督:ビョン・ソンヒョン     2022年韓国

☆☆+

30年前のことですが、総選挙の最中、さる国会議員の選対事務所を応援訪問したことがあります。個人的理由ではなく、会社の仕事の一環でした。選挙も終盤に入り、事務所はごった返していました。他の人とは、明らかに様子の異なる老人が、選挙区の地図の前で、この地区が弱いといった状況分析を行い、指示を出していました。馴染みの議員秘書に、あれは誰かと聞いたところ、有名な選挙屋だと言うのです。つまり、候補者の党派や主義主張とは一切関係なしに、選挙のプロとして、選挙の都度に雇われる選挙参謀だというわけです。そんな職業があるのか、と驚きました。

本作は、大統領候補になるまでのキム・デジュン(金大中)と、その選挙参謀であったオム・チャンロク(嚴昌録)を描いたトゥルー・ストーリーです。名前は変えられていますが、ほぼ事実に即した内容になっているようです。キム・デジュンの弟子だったムン・ジェイン元大統領が、大統領選をにらんで作らせた映画であることは、一目瞭然です。ムン・ジェイン時代の忖度映画の多さは驚きでしたが、本作は、その掉尾を飾る一作なのでしょう。あくまでも民主主義の実現にこだわる清廉潔白な政治家としてキム・デジュン、当選するためには手段を選ばない辣腕選挙屋としてのオム・チャンロクが対比的に描かれています。

二人三脚で政界を駆け上がった二人でしたが、大統領選を前に、そのスタンスの違いから決別します。オム・チャンロクは、キム・デジュンを目の敵にして弾圧してきたパク・チョンヒ(朴正煕)大統領陣営に入り、選挙戦に勝利します。出身地方の戦いという構図を選挙に持ち込んだことが勝因だとされます。キム・デジュンの出身地チョルラド(全羅道)に対し、より人口の多いパク・チョンヒのキョンサンド(慶尚道)が勝ったわけです。以降、この地域対立が社会に根付いてしまったとされています。クァンジュ(光州)はチョルラドの大都市ですが、かつて百済の中心都市でもありました。軍が多くの市民を殺害した1980年の光州事件でも知られます。民主化運動と軍政の衝突ですが、その背景にも、百済とチョルラドに対する差別感情があったとされています。

新世代の監督であるビョン・ソンヒョンは、実に腕のいい監督だと思います。ただ、今回は、脚本が輻輳しすぎて、やや混乱しています。青瓦台の要求が多すぎたのかも知れません。正義のキム・デジュン、悪の権化パク・チョンヒという構図は分かるとしても、清廉潔白なキム・デジュンがなぜスタンスの違う選挙屋を重用したのかが明瞭ではありません。キム・デジュンと選挙屋をダブル主人公にし、かつ選挙屋も北出身の悲哀をかこった良い人に描いていますが、キム・デジュン擁護の辻褄合わせ的な印象もあります。ところが、それでは対立陣営に入り、地域対立を煽ってキム・デジュンを破るという選挙屋の行動の説明が厳しくなります。選挙屋は、敵側に寝返ったものの、あくまでもキム・デジュンの味方であり、民主主義を求める北出身者だったという描き方をしていますが、説得力に欠けます。

キム・デジュンが偉大な政治家であったことに疑問の余地はありません。また、この人ほど波瀾万丈な人生を送った政治家もいません。逮捕・監禁、KCIAによる日本からの拉致、死刑宣告、70歳を超えてから大統領就任、北朝鮮に対する太陽政策が評価されノーベル平和賞も受賞しました。反日アピールが身上の左派にあって、バランスのとれた対日外交を行ったことでも知られます。サッカー・ワールド・カップの日韓共催、あるいは文化交流の解禁もキム・デジュンの功績です。その背景には、日本政府への恩義があったとされます。KCIAは、グランドパレス・ホテルから拉致したキム・デジュンを船上で殺す予定でした。ところが、海上保安庁のヘリコプターが威嚇を続けたことで、殺害は断念されました。また、死刑判決を受けた際には、鈴木善幸首相が憂慮を示し、それが国際的な反対運動を誘発し、刑は執行されませんでした。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)

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