2022年8月22日月曜日

すするという文化

先にも書きましたが、アメリカ人を、神田の”藪そば”に案内した時のことです。そばちょこに、そばを全投入してから、つまんで食べていました。 見るに見かねて、正しいそばの食べ方を教えました。手繰ったそばの先っぽだけをつゆにつけ、爆音を響かせながら、一気にすするんだ、と教えました。さすがに、すすり方は下手でしたが、まるで味が違う、とても美味しい、と感動していました。そばをすするのは、口に空気を含み、鼻に抜けるそばの香りを楽しむためだと言われます。それはそうなのかもしれませんが、どうも後付講釈の匂いがします。と言うのも、日本人は、そばに限らず、あらゆる麺類、汁類をすするからです。

日本独特のすするという食文化は、お膳と関わっているのだと思います。先進国の中で、食器を持ち上げて食べるのは、日本だけのようです。これは、とりもなおさずお膳の文化ゆえだと言えます。テーブルの場合、口と食器は比較的近いので、汁はスプーンで飲めます。お膳では、汁も器を持って飲むことになり、匙は不要になります。汁を飲む際、汁が熱ければ、まずは、フーフーして冷まします。さらに加えて、空気を含めて飲んで冷ますという方法が編み出されたのでしょう。麺類をすする文化は、その延長線上にあるのだと思います。加えて、すすることで、麺は食べやすくなります。よって、冷たい麺であっても、すするようになったと思われます。

イタリアのパスタは、マルコ・ポーロが、中国から伝えたという話がありますが、これは、まったくの作り話で、古代から存在していたようです。作るのに手間がかかるので、主に富裕層が食べていたようです。ただ、16世紀のナポリで、押し出し製法による乾燥パスタが発明されると、安価な庶民の食べ物として広がります。18世紀後半、ナポリ王がパスタを気に入り、王宮で上品に食べるためにフォークが発明されます。その頃までのパスタの食べ方は、茹でた麺にチーズをかけ、手でつかんで頭上に持ち上げ、口に入れていたようです。なんとも品のない食べ方です。すするという妙案が浮かばなかったのは、ひとえにお膳の文化がなかったからなのでしょう。

最近では見かけなくなりましたが、かつて日本では、パスタも、ズズッとすすって食べる人を多く見かけました。スプーンでスープを飲む際も同様でした。その後、洋食では、食べる際、音を立てないというマナーが定着し、そういう人を見かけることは無くなりました。中学の頃、教師から聞いた話が印象に残っています。東京の大学に通った彼は、家庭教師のバイトをしており、山の手のご家庭へ行った際、昼食にパスタが出たそうです。そこで、ご家族が、スプーンとフォークを使ってパスタを食べる様を見て、衝撃を受けたと言います。東京では、スパゲッティを食べる時、音をたてないようにスプーンも使うんだ、と教えてくれました。ところが、イタリアでは、誰もスプーンなど使いません。幼児の教育用に使われることはあるようですが。

日本人の麺をすする音は、欧米人だけでなく、中国、韓国の人にも不評でした。確かに、不快な音、下品な食べ方にしか思えないと思います。麺を食べる文化を共有する中国・韓国でも、すすることはありません。やはりお膳の文化の有無が大きいのでしょう。中国の人たちが、レンゲに麺を乗せて食べている姿をよく見かけます。ただ、近年、日本への旅行者が増え、日式拉麺を食べる機会も増えたせいか、日本式のすする食べ方にトライする中国人も増えたようです。SNS上では、ラーメンをすすってみたら美味しかった、という書き込みが増えていると聞きました。すすられることを前提に作っているラーメンですから、外国の方々にも、是非とも、すすってみてもらいたいものです。(写真出典:asajo.jp)

マクア渓谷