2022年6月26日日曜日

ハリーとジャズ

"Mood Indigo"
私は、二人のヒエロニムス・ボッシュを知っていますが、いずれのファンでもあります。一人は、いうまでもなく16世紀の初期フランドル派の奇才です。その奇怪で幻想的な絵は、シュールレアリスムのルーツとも言われますが、むしろシュールレアリスム最高の画家であり、彼を超える人はいなかったとも言えます。スペインのフィリペ2世が愛好したことから、代表作のほとんどはプラド美術館にあるとされます。なでも「快楽の園」が有名です。三連祭壇画であり、宗教的寓話をボッシュ独自の妄想で描いています。プラドで、私も見ました。時代を超越した感があり、500年前の絵とは思えません。一度見たら忘れられない絵の一つです。 

今一人のヒエロニムス(ハリー)・ボッシュは、マイクル・コナリーの人気シリーズの主人公です。ロサンゼルスの刑事ですが、後に退職して私立探偵になります。ハリー・ボッシュ・シリーズは、1992年の「ナイトホークス」に始まり、20作を数えます。ただ、ハリー・ボッシュは、異母兄弟ミッキー・ハラーを主人公とするリンカーン弁護士シリーズ、LAタイムス記者ジャック・マカヴォイ・シリーズ、ハワイ出身のLAPD刑事レネイ・バラード・シリーズにも登場するので、今のところ、29作に登場しています。コナリーの作品は映画化もされていますが、近年、コナリー自身も制作や脚本に参加したAmzon Primeのミニ・シリーズが、なかなか良い出来です。

ハリーは、ジャズ好きとして描かれています。愛犬の名前もコルトレーンです。他にも、ロック、ブルースとかなり広いジャンルの音楽が登場しますが、やはり一番はジャズ、それもウェスト・コースト系がお好みです。コナリー自身の音楽の趣味が反映されているのでしょう。また、コナリーは私と同年代であり、聞いてきた音楽がほぼ同じです。知っている音楽が多く登場することは、なかなか心地良いと言えます。最も多く登場しているのは、フランク・モーガン、アート・ペッパーあたりではないかと思います。二人の共通点は、ビバップ、バラード、薬物中毒と復活。どうもコナリーの好みは、知的で、室内楽的、ややメランコリックなジャズのように思えます。

フランク・モーガンは、かなり変わった経歴を持っています。幼少期、チャーリー・パーカーから楽器を勧められ、以降も付き合いがありました。若くして才能を認められたモーガンは、1955年にファースト・アルバムをリリースしますが、薬物依存と薬物欲しさの犯罪で拘留され、以降の30年間、音楽シーンから離れます。1985年に出獄すると、活動を再開します。かつてチャーリー・パーカーの後継者と目された才能は健在でした。長い眠りから覚めたモーガンのビバップは、人気を博し、亡くなるまでの20年間、精力的にライブやレコーディングを行いました。”Mood Indigo”(1989)等は傑作と言われます。コナリーは、ハリー・ボッシュのオーディ・ブックでモーガンを起用し、また、モーガンを追悼するドキュメンタリー映画を共同制作しています。

ハリー・ボッシュは、かつて映画制作に協力して得た金で、街を見下ろすしゃれた片持ちの家を購入し、住んでいます。Amzon Primeのシリーズでは、原作のイメージどおりの家が登場します。ハリーのモダンな家で、LAの夜景を背景に、ヴィンテージもののオーディオから流れるフランク・モーガンは、ちょっとしたものです。ジャズの好みは多少異なりますが、コナリーの好きなものは、私の好きなものとかなり重なっています。国は違っても、やはり過ごしてきた時代が同じだからかも知れません。(写真出典:amazon.co.jp)

マクア渓谷