2022年6月11日土曜日

「白いリボン」

 監督:ミヒャエル・ハネケ  2009年オーストリア・ドイツ・フランス・イタリア

☆☆☆☆+

(ネタバレ注意)

「白いリボン」を見ることができました。カンヌ国際映画祭のパルムドールはじめ、多くの賞を獲った映画です。1913~14年、ドイツ北部、男爵家が所領する田舎の小村での出来事が描かれます。ミステリーやホラーの仕掛けが、ほぼ皆無のホラー映画とも言えそうです。恐怖の源となっているは、近代化に遅れたドイツそのものです。男爵家と農奴、厳格なプロテスタント、激しい男尊女卑、村は近世から取り残されたかのようです。産業革命に遅れをとったドイツが、急速に帝国主義化していった時代ですが、地方は前近代的なままでした。そのひずみこそ近代ドイツの本質だったということなのでしょう。実は、日本も、全くドイツ同様だったと言えます。

一連の奇妙な出来事の犯人は、一切特定されることなく映画は終わります。ただし、厳格極まりない、ということは極めて独善的な牧師によって抑圧された彼の子供たちが犯人であろうことが示唆されています。ドイツ発祥のプロテスタントは、ある意味、原理主義的であり、ローマ教皇庁を頂点に組織化されたカトリックとは異なり、諸派に分裂しています。スイス発祥のカルヴィン派は、産業革命の担い手となりました。一方、本家本元とも言えるルター派は、ドイツや北欧に根付いた農民的宗派です。”白いリボン”は純真無垢の象徴であり、父である牧師が、戒めとして、懲罰的に、子供たちに結びつけます。子供が本来的に持っている無邪気さと、重苦しく強要された福音の世界が結びつくと、いまだ中世的とも言える村社会の諸矛盾が攻撃の対象となっていきます。

しかし、それは、封建的なものが近代によって否定されるという単純な構図でゃありません。前近代的な牧師の子供たちが象徴するのは、来るべきナチス、あるいは近代ドイツのいびつさではないかと思います。近代ドイツは、日本も同じですが、急速な産業革命と帝国主義化によって、ある意味、いびつさを内包したまま成長したようにも思えます。二度に渡る世界大戦は、起こるべくして起きた帝国主義の結末だったと思います。ことに第二次大戦では、ドイツのナチズム、イタリアのファシズム、日本の軍国主義が、世界を相手に戦いを起こしました。後発の帝国主義者に残された唯一の選択肢でもありましたが、同時に、急成長とともに国内で増幅した社会のいびつさを、外に向かって爆発させざるを得なかったのかも知れません。枢軸国は、強制的に白いリボンを巻き付けられた子供たちのようにも思えます。

美しい映像は、他の白黒映画とは異なる微妙な陰影を見せています。一度、全てをカラー・フィルムで撮影し、技術的に白黒に変換したそうです。それによって、かなり意図的な濃淡の付け方が可能になったということなのでしょう。実に、面倒な手法をとったものですが、イメージする空気感、あるいは白いリボンが象徴する宗教観を表わしたかったのかも知れません。ミヒャエル・ハネケ監督の作品は、他に「ファニー・ゲーム」(1997)と「ピアニスト」(2001)を観ました。異常な精神、異常な状況を通して、観客を揺さぶり、不快感を与え、そのうえで人間の本質を問うている監督のように思えます。2012年には「愛、アムール」をリリースし、「白リボン」に続いてパルムドールを受賞しています。ちなみにパルムドールの2回受賞者は9人いますが、今村昌平もその一人です。

サラエボ事件発生のニュースを家令が男爵に伝えるシーン、そして第一次世界大戦への展開が語られるナレーションで、映画は終わります。1914年6月28日、ボスニアのサラエボを訪問中だったオーストリア皇太子夫妻が凶弾に倒れます。当時、オーストリアに併合されていたボスニアにはセルビア人が多く、セルビア王国の支援のもと反オーストリア運動が盛んに行われていました。皇太子夫妻を暗殺したのは、セルビア人テロリストでした。紆余曲折あったものの、結果、オーストリアはセルビアに宣戦布告。セルビアを支援するロシアも総動員をかけます。オーストリアの同盟国ドイツは、ロシアに動員解除を要求しますが、断られ宣戦布告します。以降、同盟関係にあった国々が宣戦布告を出し合い、史上最大の死傷者を出し、4つの帝国が崩壊し、かつ第二次大戦を誘発した第一次世界大戦が勃発します。(写真出典:store.sky.ch)

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