いずれにしても、火を頂点においた整理は、文化人類学的にも納得性が高いように思います。人間が最初に発見した料理は、間違いなく”焼く”だったはずです。山火事の後などに、焼けた動植物を食べて、焼くことを発見したのでしょう。火を使うという技術を獲得したのは、その後なのではないか、とも思います。私たちが、たき火やその匂いに郷愁を感じるのは、暖を取る、食事を摂る、動物から身を守る、といった安全に直結する古い記憶ゆえではないかとも思います。料理の四面体風に言えば、火から遠く、より多くの空気を介在させた料理が燻製ということになります。私たちが、燻製に魅了されるのも、DNAに刻まれた太古の記憶ゆえかも知れません。
スモークされた食品と言えば、ベーコン、ソーセージ、スモーク・サーモン、スモーク・チーズあたりが定番で、最近は、ホタテ、サバ、スモークした醤油等も見かけます。秋田伝統のいぶりがっこもあります。ただ、意外と商品の種類は広がっていないとも言えます。自分で簡単にスモークできる機器も一般的になりました。さらに言えば、業務用が中心ですが、スモーク液も売っています。過日、英国の”アップルウッド・スモーク・チェダー”というチーズを食べる機会がありました。とても美味しくて、やはりチーズがいいと美味しいということなのでしょう。ただ、聞けば、ほとんどのスモーク・チーズは、スモーク液を通しただけのものが多いとのこと。アップルウッドは、本当にスモークしているので美味しいのだそうです。
スモークした貯蔵肉も大好きなのですが、スモーク・サーモンにも目がありません。イングリッシュ・マフィンにクリーム・チーズを塗り、スライス・オニオン、ディル、そのうえにスモーク・サーモンをのせ、レモンを搾れば、絶品の朝食になります。NYのユダヤ人の定番”ロックス”のベースをベーグルからマフィンに代えた代物です。残念ながら、日本ではNYと同じようなベーグルは手に入りません。日本人向けにしたということなのかも知れませんが、日本のベーグルは、軽くてフカフカです。やはりベーグルは、不細工なほどドッチリ重くあってほしいと思います。ベーグルは、バター、卵、ミルク等を使わず、小麦粉だけを捏ねて発酵させ、茹でてから焼きます。スモーク・サーモンとの相性が抜群なのは、こうして焼いた田舎くさいベーグルです。
日本のスモーク・サーモンの草分けは、王子サーモンとされます。1961年、王子製紙の役員が、ロンドンでスモーク・サーモンに出会います。感動した二人は、帰国後、早速、スモーク・サーモン造りに挑戦します。鮭は、苫小牧沖でとれる”時知らず”が適していることを発見しますが、スモークするためのチップ探しに相当苦しんだようです。ところが、意外なところから救世主が現われます。ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝です。ウイスキーの樽に使う木材が最適であることを教えてくれました。完成した王子サーモンは、1966年、天皇陛下に献上され、美味しいとのお言葉を頂戴し、翌67年から生産が開始されています。今でも、王子サーモンは、日本のベストであり続けています。(写真出典:amazon.co.jp)