鰹の旬は、春の上り鰹、秋の戻り鰹ということになります。脂の乗りがいいのは戻り鰹ですが、上り鰹は、春を告げる初鰹として珍重されます。初物を食べると寿命が75日伸びると言われ、江戸の人々は、縁起物として大いに好んだようです。鰹の食べ方としては、鰹節か刺身ですが、いつの頃からか、土佐名物の”鰹のタタキ”も一般化しました。今から40年以上前のことですが、高知出身の先輩が、おまえらに本当の鰹のタタキを教えてやる、と言って自宅に招いてくれたことがあります。当時、鰹のタタキは知っていても、そこまで一般的な食べ方ではなかったと思います。さすがに藁焼きとはいきませんでしたが、先輩は、ガスを使ってタタキを作ってくれました。
おおよそ脂の乗ったものを炙れば、香ばしくなります。最近の鮨屋は、やたら炙り物が多くなった印象があります。それににんにくの薄切りを乗せれば、一層香ばしくなり、うまいに決まっています。皆で大喜びが食べましたが、後で具合が悪くなりました。要は、にんにくの食べ過ぎでした。後年、はじめて行った高知で出されたタタキにも驚きました。タタキが見えないほど薬味がどっさり乗った様子は、ほぼサラダでした。美味しくて、いくらでも食べれると思いました。私がよく使う薬味は、青ネギ、オニオン・スライス、青しそ、みょうが、おかひじき、にんにく、しょうがといったところです。また、塩タタキも人気ですが、これは、新鮮で脂の乗った鰹を、藁で焼いてすぐ食べることが前提だと思いますので、高知で頂く方がいいと思います。
それにしても、藁焼きをタタキと呼ぶのは何故なのか、気になるところです。調味料が貴重で高かった時代、塩やタレをつけた手で魚をたたき、味をなじませたことからタタキという言葉が生まれたようです。まずはタタキがあり、その上で藁焼きをしたことから、鰹のタタキという言い方が一般化したものと思われます。藁焼きという土佐独自の調理法の起源ははっきりしません。漁師が塩でたたいて生の鰹を食べるのを見た土佐藩主山内一豊が、食中毒を防ぐために広めたという説が有名です。長宗我部元親が鰹節造りで残った鰹を串焼きにしたという説、あるいは西洋人が鯨のステーキをレアで食べるのを見て鰹で試したという説もあります。鰹は傷みの早い魚です。持ちを良くするために表面だけ炙ったということなのではないでしょうか。藁を使う理由は、藁が油分が含み、高温で燃焼するからだと言われます。藁は、タタキの香ばしさの源です。
家で藁焼きなどできません。また、かつてスーパーで売っていたタタキは、ガスで表面を炙ったものが多く、香ばしさに欠けました。香ばしくないタタキなど、タタキとは呼べません。近年は、冷凍技術が発達し、本当に藁焼きしたと思われるタタキが売られています。もちろん、高知で食べるものとは比べものにはなりませんが、結構、香ばしくて、美味しいものもあります。昔、高知のタクシー運転手さんが、高知のまともな店のタタキは、皆、千葉県産だよ、と言っていました。高知県産の鰹は鰹節向きで、タタキには脂の乗った千葉県産が適しているというのです。真偽のほどは定かではありません。(写真出典:kochi-bank.co.jp)