2022年3月6日日曜日

ウォルドルフ・アストリア

大好物のエッグ・ベネディクトを、最初に食べたのは、いつ、どこでだったのか思い出せません。ただ、NYに赴任した時、エッグ・ベネディクト発祥の地が、事務所近くのウォルドルフ・アストリア・ホテルだと聞き、うれしくなって食べに行ったことを覚えています。なお、その起源に関しては、ダウンタウンのデルモニコスなど諸説ありますが、いずれも証券ブローカーとして成功したベネディクト夫妻、ないしはベネディクト夫人の示唆に基づくという点で共通しています。イングリッシュ・マフィン、ハム、ポーチド・エッグ、上からオランデーズ・ソースというシンプルさながら、理想的な朝食メニューだと思います。

 NYどころか、アメリカを代表するホテルとも言えるウォルドルフ・アストリアは、1893年、5番街で開業しました。当時は、ウォルドルフとアスターという隣り合う二つのホテルでした。1929年、エンパイア・ステート・ビルディングの建設に伴い、二つのホテルは取り壊しとなり、1931年、現在のパーク・アヴェニューにウォルドルフ・アストリアとして再オープンします。ウォルドルフとアスター両ホテルは、大富豪アスター家の従兄弟同士の経営でした。落成当時は、世界一高いビルだったそうです。1949年には、コンラッド・ヒルトンが経営権を手に入れ、現在もヒルトン・グループによって運営されています。ただし、建物は、2014年、中国の安邦保険集団に買収されました。安邦は、経営者が訴追された後、国営企業化されましたので、現在の所有者は中国政府ということになります。

開業時、ウォルドルフ・アストリアは、アールデコ調の贅をこらした内装と最先端の設備を持ち、食事とサービスは、アメリカ随一と言われたそうです。NY社交界の中心であるとともに、資金調達パーティー、各種レセプション、国際会議等についても、アメリカ最上級の会場とされていました。一つの国家機関に匹敵するとまで言われたウォルドルフ・アストリアは、まさに20世紀の歴史が動いた場所の一つといえます。また、宿泊に関しては、米国大統領、各国の国家元首、王族、富豪、著名人等の定宿として知られます。1975年、昭和天皇が訪米した際にも宿泊されています。天皇による史上初の訪米は、大きな話題となりました。天皇陛下一行は、セキュリティ面を考慮して、タワーの3フロアーを貸し切ったと聞きます。なお、ホテルの地下には、メトロノース鉄道の大統領専用プラットフォームまであります。そこには、足が不自由だったルーズベルト大統領の車を乗せられるエレベーターまであったようです。

また、開業時、1/3の部屋が、レジデンシャルとされ、各界の著名人が住んでいたことでも知られます。フーバー大統領、アイゼンハワー大統領、マッカーサー将軍はじめ、各国の王室や大富豪、そしてフランク・シナトラやマリリン・モンローといった映画スターも住んでいました。また、NYマフィアの有名な首領も何人か住んでいます。いくつかあるレストランやバーも有名です。世界中から取り寄せられた豪華な食材が並び、レシピ本も多数出版されています。ゴッドファーザーなど映画のロケ地としても有名でした。エディ・マーフィの1988年のヒット作「星の王子ニューヨークへ行く(ひどい邦題です。原題は”Coming to America”です)」のロケが行われているとき、知らずにカメラの前を横切り、クルーに文句を言われました。映っていないかな、と楽しみにしていましたが、さすがにカットされていました。

産業革命による植民地競争が行きついた先が、2度に渡る世界大戦だったわけですが、戦場となった欧州を尻目に、アメリカは世界最強国になります。20世紀はアメリカの時代とも言われますが、ウォルドルフ・アストリアは、まさにその象徴だったわけです。2014年、中国に買収されたことは、アメリカの一強時代が終わったことを象徴しているとも言えます。1989年、三菱地所がロックフェラー・センターを買収した時には、NYに衝撃が走りました。アメリカは、魂を売ったとまで言われました。これが、いわゆる終わりの始まりだったのでしょう。(写真出典:en.wikipedia.org)

マクア渓谷