2022年3月5日土曜日

「シラノ」

監督:ジョー・ライト   原題: Cyrano  2021年イギリス・アメリカ

☆☆☆+

19世紀末に、エドモン・ロスタンが書いた傑作戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」を、2018年、エリカ・シュミットがミュージカルの舞台に仕立て、大ヒットさせます。本作は、そのエリカ・シュミットが脚本を書き、舞台でも演じたピーター・ディンクレイジとヘイリー・ベネットをそのまま主演させ、才能豊かなジョー・ライトが監督しました。脚本の良さ、そつのない演出、主演の二人の名演もあり、なかなかよく出来たミュージカルになっています。

ロスタンのシラノ・ド・ベルジュラックは、大きな鼻を恥じて、恋の告白ができません。シュミットのシラノは、小人症という設定であり、「ゲーム・オブ・スローンズ」のピーター・ディンクレイジが演じました。大ヒットTVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」のなかで、ティリオン・ラニスターを演じたディンクレイジは、エミー賞を4度も受賞するなど、その演技は大絶賛されました。2011~2019年に放送されたゲーム・オブ・スローンズは、極めて中毒性の高いシリーズで、次のシーズンを待つ6~8ヶ月間は地獄のようでした。なかでも、ディンクレイジ演じるティリオン・ラニスターは、助演ながら主役達を食うほど大人気でした。実に魅力的な俳優です。本作の魅力の一つは、明らかにディンクレイジを見れることだと思います。

ヘイリー・ベネットは、うまいキャスティングだと思います。俳優としてはB級映画中心の出演ですが、歌手としても活躍しています。ゴージャスな美人ではなく、どこか子供っぽさと田舎くささを残しているところが、映画にちょうどいいバランスを生んでいます。なかなかいい味を出していると思います。そう思うのは、「ヒルベリー・エレジー」のお姉ちゃん役だったからかも知れません。デスナー兄弟による音楽も上出来です。兄のブライスは映画音楽も手がける作曲家、弟のアーロンは、オルタナティブ・ロックの才人ですが、テイラー・スウィフトとのコラボ等でグラミー賞を2度受賞しています。クラシックな楽調から、モダンなテイストまで、多才なスコアを提供していますが、滑らかなメロディが心地良く感じました。

シラノ・ド・ベルジュラックは、17世紀に実在した人物です。作家、詩人、哲学者にして、剣の名手でもあったという人です。100人を相手に戦い、2人を殺害、7人を負傷させたという話が有名であり、映画のなかでも、ちょっとだけいじっています。作家としては、「月世界旅行記」と「太陽世界旅行記」が、SF小説の嚆矢としても知られます。もちろん、鼻が大きかったという記録はないようです。ロスタンは、剣と文章の達人だったシラノ・ド・ベルジュラックを、うまく使って不思議で魅力的な恋の物語を仕立て、今日まで上演され続ける定番戯曲を書いたわけです。天才的とも言えますが、残念ながら、シラノ・ド・ベルジュラック以外の作品は、評価されることも、ヒットすることもなかったようです。

まったくの余談になりますが、シラノ・ド・ベルジュラックの「月世界旅行記」は、1657年に出版されています。3段ロケット、月が球体であること、月にも引力があること等が書き込まれ、4本足で歩く知的生物体や彼らが持つ機械仕掛けのしゃべる本が登場するそうです。ジュール・ベルヌに先立つ200年前のことです。剣や韻文詩ではなく、彼のSFに関する先進的な想像力を題材に、映画「シラノ・ド・ベルジュラックSF版」が撮れそうな気もします。(写真出典:screenonline.jp)

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