2022年3月13日日曜日

梁盤秘抄#23 Donuts

アルバム名:Donuts(2006)                                                                            アーティスト: J Dilla

数年前、さる天才的なドラマーがハンドヘルド・タイプのシンシサイザーのようなものを使っていたことがありました。とても面白い効果を生んでいたので、それは何かと聞くと、KORGのカオシレーターとのこと。安価だったので、早速、買って遊んでみました。面白くて、面白くて、かなりハマりました。リズムを作っていると、キリがなくなり、何時間でも遊んでしまいます。ただ、最近は、あまり遊んでいません。カオシレーターだけでは、メモリーできる長さも数も限りがあり、その先は、パソコンとつなぐしかありません。そうなると、いわゆるDAW(Digital Audio Workstation)の世界に入り込むことになります。そうなると、他のことは何もせずに、一日中、パソコンに向かうことになりそうなので、止めました。

DAWの世界に入ることを止めた理由は、もう一つあります。その頃、J.Dillaを耳にして、ハマりました。その想像力豊かで多彩な世界に驚きましたが、それ以上に、とにかく聞いていて気持ちがいいのです。中毒性すら感じます。J.Dillaのリズムは、90~100BPMくらいのテンポが多く、しっくりシンクロできます。カラフルな印象は、サンプリングのセンスの良さから来るのでしょう。要するに、自分が、DAWを使って作ってみたいと思うリズムが、ほぼそのまま、既に存在していたわけです。だとすれば、DAWを買っても、J.Dillaの完コピを目指すだけになり、かつ完全にはできないのでフラストレーションが溜まるだけになります。それなら、J.DillaのCDをたくさん買った方がいいや、と思った次第です。

”Donuts”は、J.Dillaの遺作です。30歳を前に、J.Dillaは肝臓を痛め、どんどん痩せ細っていったようです。実は、様々な臓器に炎症を起こす珍しい血液の病に罹っていました。天才J.Dillaは、2006年、32歳という若さで亡くなっています。”Donuts”は、病室で制作され、彼の32歳の誕生日にリリースされました。彼が亡くなったのは、その3日後のことでした。トラック数は31であり、彼の年齢と同じでした。また、最後のトラック”Welcome to the Show”は、突然カットされたように終わります。そして、その続きは”Donuts (Outro)”として、そのまま最初のトラックになっています。つまり、アルバムは、無限ループするようにセットされており、これがアルバム・タイトルのドーナッツの意味でもあったわけです。

これは、死の床にあったJ.Dillaがたどりついた死生観を表わしているのでしょう。J.Dillaは、音楽によって永遠を得た、とも言えるのでしょう。生前発表されたディスコグラフィーは5作のみですが、死後、彼が録音してあった多くの音源がリリースされています。J.Dillaのリズムは、サンプリングがミューズとなっています。その原点は、18歳の時、サンプラーAKAI/MPCと出会ったことだったようです。ピアノのキーを叩くように、様々な音源を使いたいという発想は、1962年にメロトロンとして実現されています。当時は、テープを使うというアナログな仕組みでしたが、60年代後半からは、ビートルズ、R・ストーンズ等が使い始め、70年代になると、キング・クリムゾンはじめプログレ・バンドが多用しています。

当初、サンプラーは、数百万円以上もする高額な製品でしたが、デジタル化とともに、驚異的な進化を遂げ、低価格化も進んでいきます。1985年には、AKAIのMPC等が、低価格で発売され、一気に広がったようです。そこに注目したのがラッパーたちでした。様々な音源をサンプリングして、ループさせるといった演奏がブームとなり、メイン・ストリームになっていきます。ヒップホップは、デジタル化とともに進化した音楽だと言っても過言ではありません。サンプラーは、音楽を演奏技術から解き放ち、純粋に想像力の世界に変えたという面もあります。ただ、定規だけを用いて描いた鉛筆画は、いかにクリエイティブであったにしても、油絵の表現力を超えることはないだろうな、とも思います。(写真出典:amazon.co.jp)

マクア渓谷