薄くスライスしたパンの耳を落とし、バターをたっぷりと塗り、薄くスライスしたキュウリに塩をして挟むだけです。マヨネーズを使う場合もありますが、その際には酸味の少ないものが合うように思います。英国が発明した傑作だと思います。実は、英国は発明の少ない国ではないか、と思っています。何を言うか、産業革命を起こした国だぞ、と言われそうです。産業革命は、動力革命だと思います。蒸気機関の発明は確かに世界を変えた大発明ですが、それに先立つ紡績機類の発明は、農民たちによる工夫のレベルだったと思います。産業革命時に発明された機械の多くは、アルキメデスの知識を超えていなかったとも言われます。英国が発明したのは、蒸気機関とキューカンバー・サンドイッチだけだった、と言えば言い過ぎでしょうか。
実は、キューカンバー・サンドイッチも、産業革命の産物の一つだと言えます。産業革命が起こると、英国の農地は工場になり、農民は工場労働者になります。結果、農業生産が落ち込みます。英国は、工業製品を海外に輸出し、海外から原材料と食料を輸入することになりました。もともと、寒冷な英国では、キュウリの生産量は少なかったようです。そこへ食料の海外調達という状況が発生したため、新鮮なキュウリも輸入に頼らざるを得なくなります。高級食材としてのキュウリは、薄くスライスされ、パンで挟まれ、貴族やブルジョアジーのアフタヌーン・ティーに饗されたわけです。キュウリだけのサンドイッチなど貧乏ったらしいイメージですが、実は贅沢な代物だったわけです。当時としては、キャビアとまでは言いませんが、スモークサーモンくらいの位置づけだったのではないでしょうか。
それにしても、なぜ私のキューカンバー・サンドイッチの発作が起きるのか、とても不思議です。発作が起きるタイミングや状況には、一切、法則性は認められません。小腹が空いていて、かつ水分や塩分を欲している時なのだろうとは想像できますが、それであれば、いくらでも代替手段があり、キューカンバー・サンドイッチである必要性はまったくありません。このうえなく少ない具材にもかかわらず、とても美味しく、それ以上に妙な磁力を持った食べ物です。シンプルな具材の絶妙な組み合わせという観点からすれば、既存の技術を組み合わせることで、画期的な機械を生み出していった英国の風土に通じるものがあるようにも思えます。英国の厳しい気候が、英国人の工夫という得がたい特性を生んだのかもしれません。
キューカンバー・サンドイッチの発作には、もう一つ特徴的なことがあります。夜中に起きた発作を耐えた翌朝は、当然、キュウリとサンドイッチ用のパンを買いに行くわけです。ところが、その頃、発作は既に治まっており、さほど食べたいとも思わなくなっているのです。しかも、おやつ程度の代物なので、おやつを食べない私には、食べるタイミングも必要性もありません。やはり、アフタヌーン・ティーのためのメニューだということです。英国の上流階級は、夜、観劇等に出かけることが多く、夕食は遅くなります。そこで生まれたのがアフタヌーン・ティーです。そもそも、キューカンバー・サンドイッチは、日本の食習慣には居場所がない存在だったわけです。(写真出典:eatthismuch.com)