監督:ウェス・アンダーソン 原題:The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun 2021年アメリカ
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ウェス・アンダーソンは、まさに奇才だと思います。スティール的なカメラ・ワーク、自然主義的な演出、完璧にトーンを揃えた色彩、懐メロの効果的な使い方などで、独自の世界を構築します。一目見ただけでアンダーソン作品と分かるほど特徴的です。フレンチ・ディスパッチは、フランスの架空の街を舞台に、カンザスの新聞の支局が、編集長の死に伴い、追悼号、かつ最終号を編集するというプロットです。掲載予定の5つの記事が、独立したエピソードとして語られます。ウェス・アンダーソンが、大好きだという”ニューヨーカー誌”に捧げた作品のように思えます。いつも以上にアンダーソン・ワールド炸裂です。”The New Yorker”誌は、1925年、ハロルド・ロスが刊行した週刊誌です。ニューヨークの小粋なインテリジェントを代表する雑誌であり、掲載される記事や短編小説の書き手には、錚々たる面々が顔を並べます。小説に関しては、20世紀アメリカ文学のメイン・ストリームと言っても、決して言い過ぎではないと思います。センスの良い装丁も独特なブランド力を持っています。高校生の頃、サリンジャーはじめアメリカの短編小説を読みあさりましたが、ほとんどがニューヨーカーに掲載されたもの、ないしはニューヨーカー派の作品でした。本屋で、本物のニューヨーカー誌を買った時の興奮は、いまでも忘れません。もちろん、50年前のことですから、ひと月遅れくらいのものでしたが。
テキサスで生まれ育ったウェス・アンダーソンも、ニューヨーカー誌に憧れを持っていたのでしょう。色調も含めた映像全体が、ニューヨーカー誌の装丁をイメージさせますし、エピソードの小粋さにもニューヨーカー誌のテイストを感じさせます。それもそのはず、エピソードは、ニューヨーカー誌の過去の記事を参考に作られたようです。コメディのタッチとしては、ジャック・タチの作風を思わせるものがあります。近年、パリに暮らす監督は、パリのエスプリも身につけたのかも知れません。また、演出は、スウェーデンのロイ・アンダーソンのテイストにも通じるものがあります。いずれにしても、アンダーソン・ワールドとニューヨーカー・ワールドは、とても相性が良いことだけは間違いありません。
アンダーソン映画の特徴の一つが、豪華なスター達です。名前をあげるとキリがないので、止めておきますが、毎回、キャストには驚かされます。全作「犬ヶ島」(2018)はアニメ作品でしたが、声優に、いつもの豪華メンバーを揃えていました。その徹底ぶりには笑えます。その集めたメンバーに、芝居くさい芝居をさせないのが、またアンダーソン流です。豪華な常連メンバーたちも、演技ではなく、キャラクター重視でキャスティングしているということなのでしょう。たしかに、画面に登場するだけで、存在感を示す面々だとは思います。今回、常連のアンジェリカ・ヒューストンが出ていませんでした。ところが、さすがにぬかりありません。ナレーターが、アンジェリカ・ヒューストンでした。脱帽です。
ウェス・アンダーソンは、ノスタルジックな空気に包まれた不条理の世界をコミカルなタッチで描きます。よく作り込まれた映像は、上質で、小粋な短編小説を思わせます。いわゆる作家主義の監督ということになりますが、傑作「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」や「グランド・ブダペスト・ホテル」は興行的にも成功しています。難解な時空の世界を描くクリストファー・ノーラン等もそうですが、決してメイン・ストリームとは言えない映画をビジネスとして成立させているポイントは、エンターテイメント性の有無ということなのでしょう。ウェス・アンダーソンが、豪華なキャストを揃える理由の一つかも知れません。(写真出典:amazon.co.jp)