2022年1月8日土曜日

キャピタル・ヒル

ワシントンD.C.の巨大なリンカーン記念堂から東を見れば、リフレクティング・プールの向こうにワシントン記念塔がそびえ、そのまた向こうに小さくアメリカ合衆国議会議事堂を見ることがきます。約3kmに及ぶナショナル・モールです。モールの両側には、スミソニアンズはじめ博物館や美術館が並び、最もワシントンD.C.らしい、あるいは最もアメリカ合衆国らしい光景だと思います。アメリカ合衆国議会議事堂も巨大な建造物ですが、キャピタル・ヒルと呼ばれるとおり、小高い丘の上に建っているため、一層大きく見えます。もちろん、そのように計算されているわけですが。

2021年1月6日、このキャピタル・ヒルが自国民によって襲撃されるという衝撃的な事件が起きました。キャピタル・ヒルが攻撃されたのは、1812年、米英戦争時、英軍によって一部が破壊されて以来のことでした。根拠なく選挙結果は不正と主張する現職大統領によって扇動された大衆が、民主主義の象徴たる議事堂を襲うという衝撃的な事件でした。米国の根幹、あるいは民主主義の土台を揺るがす大事件です。この日、議会では、大統領選挙の結果を確定する上下両院合同会議が開かれていました。ホワイトハウス横のエリプス広場に集まった数千人の支持者の前で、トランプ大統領が演説を始めます。選挙は盗まれた。強さを見せるんだ。死ぬ気で戦うぞ。議事堂へ行こう!

トランプは、副大統領にして上院議長でもあるマイク・ペンスに、議会でバイデン勝利確定を阻止するよう要請していました。当日の午前、ペンスは、憲法に基づけば、この要請に沿うことはできないとする声明を発表しています。これがトランプ暴走のトリガーになったとも言われます。憲法に従ったペンスの声明はえらいというよりも、あまりにも当たり前のことです。それにキレる大統領は、憲法も知らず、常識もない異常者としか言いようがありません。議事堂へ移動した支持者たちのうち、800人が乱入し、議会警察と衝突、一部は破壊行為に及びます。結果、双方に5人の犠牲が出ました。トランプに擁護された極右のプラウド・ボーイや一部ミリシア等は、数日前から、銃規制の厳しいワシントンD.C.への武器の持ち込み方を検討していたようです。

TV番組で人気者となったトランプにとって、視聴率は、富であり、正義です。強気のウケねらいが身上のトランプにとって、明確な敵の存在は、最も理想的な設定です。東部エスタブリッシュメントを敵に仕立てて戦った大統領選では、彼らに抑圧されてきたと信じる人々の支持を集める結果となりました。戦術的には大成功であり、大統領としても一定の支持を得てきました。人気取り一筋のTVタレントに、初めから政治信条などありません。一部マスコミは、議事堂襲撃を、トランプによるクーデター未遂と報道しています。事の性格としては、そのとおりですが、本人にクーデターという認識はなかったと思います。それどころかクーデターの何たるかも知らないのではないでしょうか。トランプや共和党支持者の多くは、この襲撃を、いまだに正統な抗議活動だったと認識しているといいます。ここが、ポピュリズムの最も恐ろしいところだと思います。

多様性こそアメリカ合衆国最大の特徴であり、強みでもあります。多様な人種、多様な宗教、多様な政治信条、それらを包括して、なおかつ国として成り立つことを目指して、試行錯誤のうえ、アメリカの民主主義は形成されてきました。そのプラットフォームとも言える選挙制度と議会を攻撃することは、アメリカそのものを否定することと変わりません。共和党議員は、トランプ人気にあやかるのではなく、支持者たちに、民主主義の何たるかを知らしめる義務があると思います。(写真出典:tavitt.jp)

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