監督: ベルナルド・ベルトルッチ 原題:Strategia del ragno 1970年イタリア
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ベルトルッチの出世作「暗殺の森」が公開された数日後に、イタリアのTVで公開された作品です。色彩の魔術師とも呼ばれるカメラマン、ヴィットリオ・ストラーロとベルトルッチとの名コンビが、最初に撮った作品でもあります。耽美的な映像、オペラ色の強い音楽、シュールな演出と、ベルトルッチらしさ満載の映画です。原作は、アルゼンチンの文豪ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「裏切り者と英雄のテーマ」です。ロンバルディアの美しい田園を背景に、ファシズムとの戦いをテーマとするミステリー仕立てのドラマが展開します。アリダ・ヴァリはじめ名優たちの演技が作品の陰影を深く刻んでいます。ベルトルッチは、「暗殺の森」で高く評価され、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」で物議を醸し、「ラスト・エンペラー」でアカデミー作品賞と監督賞を受賞しました。その作風は、文学的と言っていいと思います。十代の頃は、詩人だった父親の影響から、詩や小説を書き、文学賞も獲得していたようです。ベルトルッチは、ローマ大学在学中に、ピエル・パオロ・パゾリーニと出会い、その処女作「アッカトーネ」の助監督を務めています。21歳という若さで、初監督作品を撮っています。2作目の「革命前夜」は、既にカンヌで新評論家賞を獲得しています。若くして文学的才能を開花させていたのでしょうが、ベルトルッチの映画が形を成したのは、やはりヴィットリオ・ストラーロとの出会ってからだと言えます。
文学的なベルトルッチに対して、ストラーロは絵画的と言えます。しっかりと計算された構図と色彩は、多くの映画カメラマンに影響を与えたと言われます。ベルトルッチの「ラスト・エンペラー」、フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」、ウォーレン・ベイティの「レッズ」で、三度のアカデミー撮影賞を獲得しています。本作でも、美しい映像を見せていますが、特に、アリダ・ヴァリ演じるドライファの邸宅における緑と花と建築、そしてポール・デルヴォやキリコを思わせる町の映像は、ほとんど絵画と言っていいほどです。ロケが行われた町は、ロンバルディアのサッビオネータですが、その後、世界遺産にも、「イタリアの最も美しい村」にも選出されています。
また、映画のタイトル・バックには、数奇な運命をたどったナイーフ派のイタリア人画家アントニオ・リガブエの絵画が使われています。そのエキゾチックともいえる画風は、映画の冒頭から強烈な印象を与えます。ちなみに、リガブエの生涯は、2020年に映画化され、残念ながら見ることはできませんでしたが、昨年のイタリア映画祭でも上映されています。原作のホルヘ・ルイス・ボルヘスは、「伝奇集」等で知られますが、その幻想的な作風は、特に欧州で高く評価されています。また、独裁者ペロンの政権と戦ったことでも知られています。知名度も評価も高いにも関わらず、ノーベル文学賞を受賞しなかった作家の一人としても有名です。思えば、本作は、実に多くの才能が結集された作品だとも言えます。
イタリア人にとって、ムッソリーニ時代のファシズムは、ドイツ人にとってのナチズム同様、常に大きなテーマです。本作は、正面からファシズム批判を展開するのではなく、いわばボルヘスらしい奇譚のなかから、そして田舎町におけるファシズムの時代と現代を交差させることで、ファシズムの本質を伝えようとしています。50年前にTV用に制作された映画ですが、その品質の高さ、テーマの重要性は、今でも衰えることがないと思います。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)