監督: パオロ・ソレンティーノ 2021年イタリア
☆☆☆+
緩やかな弧を描くナポリ湾となだらかな稜線のヴェスヴィオ山が生み出す風景は本当に美しく、”ナポリを見てから死ね”という言葉に偽りはないと思います。一方、ナポリは、犯罪とゴミの街でもあります。南イタリアの中心、かつ世界有数の観光地でもありますが、また行こうとは思わない街です。ナポリという名称は、古代アテネ人の植民都市ネオ・ポリス(新しい街)から来ています。19世紀中葉のガリバルディによるイタリア統一までは、諸外国に支配された街でした。現在は、4大マフィアの一つカモッラに支配される街です。カモッラによる産業廃棄物の不法投棄が、ゴミの街ナポリを作っているようです。「The Hand of God」は、ナポリっ子のパオロ・ソレンティーノが監督したNetflix映画です。監督自身が投影されたナポリの高校生が大人になっていく過程が描かれます。ソレンティーノは、フェリーニ好きで有名ですが、ソレンティーノ版アマルコルドというわけです。美しい映像、フェリーニばりの登場人物、そして家族とナポリへの愛情と憎悪が入り交じった青春映画の佳作です。主人公が憧れる映画監督カプアーノが語る「失敗からも、この街からも逃げられない」という言葉は象徴的です。アントニオ・カプアーノは、実在するナポリの映画監督であり、ソレンティーノの師匠格なのでしょう。カプアーノに精神を解放され、フェリーニ的な映画を撮ることで、ナポリを表現し続けているのがソレンティーノなのだと思います。
ソレンティーノは、高く評価されている監督です。「グレート・ビューティー/追憶のローマ」(2013)などは、印象に残る映画でした。ただ、どうしても合成皮革の匂いを感じてしまいます。恐らく、フェリーニ的な演出手法が中途半端な印象を与えるのだと思います。テーマの深掘りとフェリーニ的演出がマッチしていない面があります。フェリーニを知らない世代にとっては、とても新鮮なのだろうと思います。ただ、フェリーニ・ファンからすれば、随分薄手な合成皮革に見えてしまいます。力量も高く、様々な賞も獲得していますが、このままではヴェネチアで金獅子賞を獲ることはないと思います。
タイトルになっている「神の手」とは、言うまでもなく天才ディエゴ・マラドーナの1986年ワールド・カップでのゴールのことです。明らかなハンドですが、ゴールは認められ、マラドーナ自身は「神の手」という名言を残しました。「神の手」から6分後、マラドーナは、5人抜きのドリブルで、60mを駆け抜けゴールしています。まさに天才と言えます。マラドーナは、1984年、バルセロナからSCCナポリへ移籍し、クラブに初となるセリエA優勝をもたらします。いまでも、ナポリっ子たちは、マラドーナを神とあがめていると聞きます。マラドーナが街中を熱狂させていた頃のナポリが舞台であることは、この映画の大きなポイントになっています。
映画には、卵城、パラッツォ、ガッレリア等々、ナポリの名所が数多く登場しています。そして、ナポリ名物のモナシエロも二度登場します。不妊症ゆえ鬱病になるパトリツィア、そしてラスト・シーンでは主人公の前に現れています。モナシエロは、小さな僧という意味で、妖精の一種です。いたずらもしますが、人助けも行います。伝説によれば、中世の悲恋の末に生まれた小人症の子供の幽霊であり、絶望し、本当に助けが必要な人にだけ見えるとも言われるそうです。ソレンティーノは、ナポリの悲しみ、そして希望の象徴として、モナシエロを登場させたのでしょう。今、本当にモナシエロの助けが必要なのは、ナポリの街だとも思います。(写真出典:realsound.jp)