2021年12月9日木曜日

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」

監督: ジェーン・カンピオン      2021年英・豪・米・加・NZ

☆☆☆☆+

Netflixは、毎年、この時期、アカデミー賞狙いの話題作を投入してきます。20年にはマンクとシカゴ7裁判、19年はアイリッシュマンとマリッジ・ストーリー、18年はROMA/ローマでした。すべてノミネートされましたが、残念ながら作品賞は、まだ獲っていません。既にネット配信は、映画を観るためのメディアとして定着していますが、Netflixとしては、アカデミー作品賞を獲得することで、市民権を完全なものにしたいということなのでしょう。今年、投入する第一弾が「パワー・オブ・ザ・ドッグ」であり、12年振りのジェーン・カンピオン作品というだけで、十分に話題作と言えます。

見事な作品に仕上がっています。ヴェネチア国際映画祭では銀獅子賞(監督賞)を獲得しています。ジェーン・カンピオンは、女性監督の頂点に立っていることを、改めて証明したとも言えます。監督の母国ニュージーランドで撮影されたという美しい映像、ベネディクト・カンバーバッチの重厚な演技、切れることなく一定のテンションを保つ演出など、実に見事なものです。監督の力量の高さを、十分に感じさせます。とても質の高い文学作品を一冊読み終えたかのような印象が残ります。ただ、ドラマとしてのカタルシスという面では、強すぎればバランスを崩す可能性があるとしても、やや弱かったように思えました。

ジェーン・カンピオン監督が、その名を世界に知らしめたのは「ピアノ・レッスン(原題the Piano)」(1993)でした。19世紀のニュージーランドを舞台とした愛と自立のファンタジーでした。監督が、まだ30代の作品ですが、そのスキの無い構成力は、ベテランの大物監督をも凌ぐほどのものでした。アカデミー賞では、監督自身が脚本賞、コーエン兄弟映画の常連ホリー・ハンターが主演女優賞、子役のアンナ・パキンが助演女優賞を獲得しています。そして、カンヌでは、堂々、パルム・ドールを獲得しています。ちなみに、その年のアカデミー作品賞は「シンドラーのリスト」、監督賞はスティーヴン・スピルバーグでした。作品賞を獲れずに脚本賞だけを獲った作品は、間違いなく名作揃いというのが、持論ではありますが、「ピアノ・レッスン」も、その一つです。

カンピオン監督は、音楽的センスも極めて良いと思います。「ピアノ・レッスン」では、ある意味、ピアノが主役でもありました。現代音楽家のマイケル・ナイマンの音楽、ホリー・ハンター自身が弾くピアノが印象的であり、サウンドトラックは、世界的ヒットを記録しています。今回も、音楽が、映像と見事にリンクし、実に印象的でした。担当したのは、レディオヘッドのリード・ギター、ジョニー・グリーンウッドです。いまや、映画音楽家のグリーンウッドと言うべきかもしれません。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007)では、ベルリン国際映画祭の銀熊賞を獲得し、アカデミー音楽賞にもノミネートされています。また、「ファンタム・スレッド」(2017)でも、再びノミネートされています。いずれもポール・トーマス・アンダーソン作品でした。

原作「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(1967)は、西部開拓時代を描くトーマス・サヴェージの最高傑作とされ、ギリシャ悲劇的とも言われる作品です。カンピオン監督は、シナリオ執筆に際して、かなり原作に手を入れたようです。同名のタイトルとして、ドン・ウィンズロウの三部作が有名ですが、まったく関係ありません。もっとも、ウィンズロウの作品の邦題は「犬の力」(2005)となっており、今回、混乱をさけるために、あえて映画のタイトルは原題のままとしたのでしょう。ただ、ウィンズロウが、トーマス・サヴェージの作品を意識したかどうかは不明です。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)

マクア渓谷